2002年5月11日土曜日

【裁判例情報】芝信用金庫事件

芝信用金庫事件(東京高裁平成12年12月22日判決)

(事案の概要) 
X(女性13名)は、金融業のY金庫で18年から40年にわたって勤務していたが、Y金庫が性別による昇進、昇格差別を行っており、Xは、公序、労働契約、労基法第13条、同法第93条及び就業規則上の規定から生じる昇格請求権があると主張した。そこでXは、自分たちが「課長職の資格」を有すること及び「課長の職位」にあることの確認並びに差額賃金の支払を主体的に請求し、不法行為に基づく差額賃金等の損害賠償、債務不履行(予備的に不法行為)に基づく慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償の支払を予備的に請求して出訴した。1審はY金庫における両性間の著しい格差の存在を認定し、Xを昇格させなかったことは性的差別に当たり、X(1名を除く)が課長職の地位にあることの確認を認め、差額賃金等の支払を認めた。一方で、上位の職位の付与についてはこれを認めず、慰謝料についても請求を棄却した。X、Y金庫双方が控訴したもの。

(判決の要旨)
<係長への昇進について> Y金庫における人材登用が、Y金庫の主張するような職務遂行能力、係長としての適格性という観点のみによってされたという点については疑問を払拭することができない。しかし、係長に昇進させるか否かについては、全職員及び預金者等に対しすべての経営責任を負っているY金庫の理事の極めて実践的な経営判断、人事政策に属するものであって、専権的判断事項というべきものであるから、一概に男女差別に基づいてされたものと断ずることもできないというべきである

<課長職への昇格について> 同期同給与年齢の男性職員のほぼ全員が課長職に昇格したにもかかわらず、依然として課長職に昇格しておらず、諸般の事情に照らしても、昇格を妨げるべき事情の認められない場合には、当該Xについては、昇格試験において、男性職員が受けた人事考課に関する優遇を受けられないなどの差別を受けたため、そうでなければ昇格することができたと認められる時期に昇格することができなかったものと推認するのが相当であり(年功加味的運用差別)、Xと同期同給与年齢の男性職員の実際の昇格状況、Xにおける昇格を妨げるべき事情の有無等について、Xごとに個別具体的に検討し、昇格の成否について判断を加えることになる。 
昇格に関する判断については、Y金庫の経営判断に基づく裁量を最大限に尊重しなければならないことはいうまでもない。 
しかし、<中略>昇格の有無は、賃金の多寡を直接左右するものであるから、職員について、女性であるが故に昇格に就いて不利益に差別することは、女性であることを理由として、賃金について不利益な差別的取扱いを行っているという側面を有するとみることができる。 
<労働基準法第3条、第4条、第13条及び第93条>及び就業規則の定めによれば、使用者は、男女職員を能力に応じ、処遇面において平等に扱う義務を負っていることが明らかであり、使用者が性別により賃金差別をした場合には、右法律及び就業規則の規定に抵触し、かかる差別の原因となる法律行為は無効であると解すべきである。そして、右のようにして賃金の定めが無効とされた場合には、差別がないとした場合の条件の下において形成されるべきであった基準(賃金額)が労働契約の内容になると解するのが相当である。<中略>
本件は、女性であることを理由として、Xの賃金について直接に差別したという事案ではなく、また、特定の資格を付与すべき基準が労働基準法にはもとより就業規則にも定められている訳ではないので、前記労働基準法ないし就業規則の規定が直接適用される場合には当たらない。
しかしながら、<中略>同法13条ないし93条の類推適用により、右資格を付与されたものとして解することができると解するのが相当である。職員の昇格の適否は、経営責任、社会的責任を負担するY金庫の経営権の一部であって、高度な経営判断に属する面があるとしても、単に不法行為に基づく損害賠償請求権だけしか認められないものと解し、右のような法的効果を認め得ないとすれば、差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず、男女の賃金格差は将来にわたって継続することとなり、根本的な是正措置がないことになるからである。以上のとおりであるから、<中略>Xは、<中略>課長職に昇格しているというべきである。
 

【裁判例情報】東日本電信電話事件

東日本電信電話事件(東京地裁平成16年2月23日判決)

(事案の概要) 
Xは、電気通信事業を営むY社に雇用され、平成11年7月から平成14年4月まで短時間制特別社員との身分で営業活動を担当していた。Xは平成14年4月末にY社を退職し、Y社の関連会社であるA社に採用された。平成15年3月末、Xは定年を迎え、A社を退職した。XはY社在職中の平成13年12月、年末特別手当の支給を受けたが、Y社の同手当の算定に当たっては各労働者の業績評価が反映されており、同手当の算定期間におけるXの評価は4段階のうち最低の「D評価(期待し要求する程度を下回る)」であった。また、XはA社を退職した際に退職金の支給を受けたが、A社からの退職金支給においては、月単位で成果要素等を累積させることとされていたところ、XがA社に在籍していた期間のうち、平成14年5月から平成15年1月までの9ヶ月間の成果要素については、Y社における平成13年度の総合評価が反映されることとされており、Xの平成13年度の総合評価は4段階のうち最低の「D評価(期待し要求する程度を下回る)」であった。 Xは、自分には「C評価(期待し要求する程度であった)」との評価を受ける権利があり、Y社は査定義務に違反したとして、「C評価」を受けていれば得られていた場合との差額の支払等を求めて出訴した。

(判決の要旨) 
使用者が賞与等を決定するために行う人事評価は、使用者が企業経営のための効率的な価値配分を目指して行うものであるから、基本的には使用者の総合的裁量的判断が尊重されるべきであり、それが社会通念上著しく不合理である場合に限り、労働契約上与えられた評価権限を濫用したものとして無効となるというべきである。 
<諸事情を考慮すれば、>Xに対する平成13年度下期業績評価及び同年度総合評価を「期待し要求する程度を下回った」とするD評価としたことが、社会通念上著しく不合理であるということはできない。
 

【裁判例情報】マナック事件

マナック事件(広島高裁平成13年5月23日判決)

(事案の概要) 

化学薬品等を製造するY社に勤務していたXは、Y社の営業所において主任として職能資格等級4等級(監督職)に格付けされ、平成6年4月以降職能給4級として基本給と役付手当の支給を受けていた。
同年6月、Y社取締役の1人が退任するとの新聞記事をめぐり、Xが当時の経営陣を批判する言動をなしたことからXは上司から叱責を受け、同年7月にはY社会長室において会長から注意を受けた。
その後Xは平成7年4月、Y社降格規程の「勤務成績が著しく悪いとき」に該当するとして3級に降格する処分を受け、事業所等にその旨の処分が掲示された。また、人事評定により職能給3級と決定された。さらに、平成6年夏季賞与は算定期間における業績評定上の評点がEマイナス(最低の評定)であるとして、それに基づく額(564,000円)が支給され、平成6年冬季及び同7年夏季賞与は賞与規程に該当する不支給事由があるとして代替措置として基本給相当額が、平成7年冬季、同8年夏季、同年冬季賞与は評定なしにそれぞれ40万円が恩恵的に、平成9年夏季、同年冬季、同10年夏季賞与は評定なしにそれぞれ50万円が恩恵的に、平成10年冬季賞与は算定期間における業績評定上の評点がEマイナスであるとして、それに基づく額(568,500円)が支給された。 
そこでXは、(1)本件降格処分の違法・無効確認と降格処分により支給されなくなった役付手当額の賠償、(2)違法な評定によって被った昇給差額及び賞与差額の賠償等を求めて出訴。1審は、Xの請求のうち(2)を認容したが、大部分を棄却した。Xがこれを不服として控訴したもの。

(判決の要旨)
<昇給査定について> 昇給査定は、これまでの労働の対価を決定するものではなく、これからの労働に対する支払額を決定するものであること、給与を増額する方向での査定でありそれ自体において従業員に不利益を生じさせるものではないこと、本件賃金規程によれば、Y社における昇給は、原則として年1回(4月)を例とし、人物・技能・勤務成績及び社内の均衡などを考慮し、昇格資格及び昇給額などの細目については、その都度定めると規定されていること、これらからすると、従業員の給与を昇給させるか否かあるいはどの程度昇給させるかは使用者たるY社の自由裁量に属する事柄というべきである。
しかし、他方、本件賃金規程が、昇給のうちの職能給に関する部分(年齢給及び勤続給は<別紙略>のとおり年齢及び勤続年数により定期的に昇給する旨が定められている。)を<別紙略-職能給級号指数表>により個々に定めるとし、本件人事考課規程により、この指数を決定するにつき、評定期間を前年4月1日から当年3月31日までの1年間とする人事評定や評定の留意事項が詳細に定められていることからすると、Y社の昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これによりXの本件賃金規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従って昇給するXの利益が侵害されたと認められる場合には、Y社が行った昇給査定が不法行為となるものと解するのが相当である。<中略> 
<本件についてみると、平成7年4月の昇給査定についてはXの言動が評価を低下させ、その評定の手順等について裁量権の逸脱はなく、Xの主張に理由がないが、平成8年4月の昇給査定については、> 常務会の審議において一次評定及び二次評定の評定結果を評価換えした理由は、<平成6年6月の>郷分事務所事件及び<平成7年7月の>会長室事件やその直後のXの対応を理由として行われたと推認するほかはなく、このことは、人事評定期間を前年4月1日から当年3月31日までと定めた人事考課規定に反するし、また、他に一次評定及び二次評定の評定に基づくランクCをランクEに評価替えすることを相当とすべき事実があったと認めるに足りる証拠もないから、この期におけるYの昇給査定には裁量権を逸脱した違法があるというべきである。 
<また、平成9年及び同10年の昇給査定についても、考課における裁量権の逸脱が認められることから違法であるとされ、Y社はXに対し、違法な昇給査定によりXが被った実損害額を賠償しなければならないとされた。>

<賞与査定について> 一般的に賞与が功労報償的意味を有していることからすると、賞与を支給するか否かあるいはどの程度の賞与を支給するか否かにつき使用者は裁量権を有するというべきである。しかし、賞与はあくまで労働の対価たる賃金であり、本件賞与規程が、会社の経営状態が悪化した場合を除いては原則として賞与を支給すると定め、支給時期、算定期間、支給額の算定基準を明確に規定し、本件人事考課規程により、支給額決定のための評点を決定するにつき、業績評定の実施手順や評定の留意事項を詳細に定めていることからすると、Y社の賞与査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これらによりXの本件賞与規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従って賞与の支給を受ける利益が侵害されたと認められる場合には、Y社が行った賞与査定が不法行為となるものと解するのが相当である。 

【裁判例情報】昇進、昇格、降格

◆ 人事考課

マナック事件(平成13年 広島高裁判決)
人事考課規程により人事評定や評定の留意事項が詳細に定められている場合においては、昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、正当な査定に従って昇給する利益が侵害されたと認められるときには、使用者が行った昇給査定が不法行為となるとし、人事考課規定に定める査定期間外の事実を査定対象としたことについて、裁量権を逸脱したものとして違法とされた。

東日本電信電話事件(平成16年 東京地裁判決)
人事評価は、基本的には使用者の総合的裁量判断が尊重されるべきであり、それが社会通念上著しく不合理である場合に限り、労働契約上与えられた評価権限を濫用したものとして無効になるとした。

◆  昇進

芝信用金庫事件(平成12年 東京高裁判決)
昇進については、極めて実践的な経営判断、人事政策に属するものであって、専権的判断事項というべきものであるとした。

◆ 昇格

社会保険診療報酬支払基金事件(平成2年 東京地裁判決)
男女差別の禁止は、公の秩序として確立しており、男女が平等に取扱われるという期待ないし利益は、不法行為における被侵害利益として法的保護に値すると解すべきであり、昇格における差別につき故意又は過失があったときは、不法行為が成立するとし、また、使用者の職員に対する昇格は、原則として職務と一体になった等級を使用者の人事上の裁量によって変更するものであり、あくまで使用者の裁量権の行使であるため、使用者による昇格決定のない者を昇格したものと取扱うことはできないとした。

光洋精工事件(平成9年 大阪高裁判決)
人事考課については、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできないというべきであるとした。

住友生命保険事件(平成13年 大阪地裁判決)
既婚者であることを理由として、一律に低査定を行うことは、個々の労働者の業績、執務、能力に基づき人事考課を行うという人事権の範囲を逸脱するものであり、人事権の濫用として、かかる人事考課、査定を受けた個々の労働者に対して不法行為となるとした。

◆ 降格

① 役職の引下げ

エクイタブル生命保険事件(平成2年 東京地裁決定)
役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量にゆだねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはなく、就業規則などに根拠規定がなくとも、その人事権に基づく降格処分ができないとはいえないとした。

バンク オブ アメリカ イリノイ事件(平成7年 東京地裁判決)
課長から専門職への役職の引き下げについて、業務上・組織上の高度の必要性があったこと、役職手当は減額されるが、人事管理業務を遂行しなくなることに伴うものであること、降格発令をされた他の多数の管理職らは、いずれも降格に異議を唱えていないこと等の事実からすれば、使用者に委ねられた裁量権を逸脱した濫用的なものと認めることはできないとした。

デイエフアイ西友事件(平成9年 東京地裁決定)
配転と賃金とは別個の問題であって、使用者は、より低額な賃金が相当であるような職種への配転を命じた場合であっても、特段の事情のない限り、賃金については従前のままとすべき契約上の義務を負っているとした。

医療法人財団東京厚生会(大森記念病院)事件(平成9年 東京地裁判決)
人事権の行使について、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業体における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮すべきとした。

倉田学園事件(平成9年 高松高裁判決)
労働契約の基本的内容を変更する降職処分は、労働契約の同一性を前提とするものではないから、就業規則所定の懲戒事由を根拠として行うことは許されないとした。

近鉄百貨店事件(平成11年 大阪地裁判決)
管理職ではない者に対する、給与の減額という不利益を伴う降格について、会社の昇進、降格についての裁量は、管理職についての昇進・降格の裁量と比較すれば、狭く解するべきとした。

アメリカン・スクール事件(平成13年 東京地裁判決)
降格処分について、就業規則に定めがない場合であっても、人事権の行使として、降格処分を行う(地位から解く)ことも許されるとした。

渡島信用金庫事件(平成14年 函館地裁判決)
降格、降職行為等が人事権の行使としての裁量権を逸脱しているかどうかを判断するに当たっては、使用者における業務上、組織上の必要性の有無及び程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、使用者における降格、降職等の運用状況等の事情を総合考慮すべきであるとした。

② 職能資格の引下げ・職務変更に伴う賃金の引下げ

アーク証券事件(平成12年 東京地裁判決)
労働者の自由な意思に基づく合意や就業規則変更の合理性が認められなかったため、変動賃金制(能力評価制)導入に伴う役職及び号俸の引き下げが認められなかった。

小坂ふくし会事件(平成12年 秋田地裁大館支部判決)
労働契約において賃金は最も重要な労働条件としての契約要素であり、これを従業員の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできないとした上で、降格についても、これに減給が伴うものであるから、一方的な降格処分は無効とした。

フジシール事件(平成12年 大阪地裁判決)
本件の就業規則上、副参与職は、「職能」資格であり、これは本来引下げられることが予定されたものでなく、これを引下げるには、就業規則等にその変更の要件が定められていることが必要であるとした。

西東社事件(平成14年 東京地裁決定)
賃金額に関する合意は雇用契約の本質的な部分を構成する基本的な要件であって、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されず、これを正当化する特段の事情もないとして、配置転換に伴う賃金減額を無効とした。

日本ガイダント仙台営業所事件(平成14年 仙台地裁決定)
職務内容の変更と降格の側面を有する配置転換につき、賃金の減額を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効となり、降格が無効なら、配置転換命令全体が無効になるとした。

プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件(平成15年 神戸地裁決定)
職務の水準に基準を設け、各バンドの職務内容・昇進の基準を明確化し、バンドごとに基本給の範囲を定めるジョブ・バンド制において、企業の組織再編のための降格的配転の効力を判断するためには、対象者が被る不利益が相当程度である場合には、対象者選択に一定の合理性が必要であるとした。
 
 

2002年4月17日水曜日

【裁判例情報】明治生命保険事件

明治生命保険事件(東京地裁平成16年1月26日判決)

(事実の概要) 
X会社は、生命保険業等を営む相互会社であり、Yは、平成7年にX会社に入社した者であるが、Yは、X会社の留学制度に応募して平成11年7月から平成13年7月までアメリカ合衆国に留学し、MBAを取得した。 Yは、留学に際し、X会社に対して、留学終了後5年以内に自己都合により退職する場合には、留学費用(ただし、人件費相当分を除く)を全額返還する旨の誓約書を提出していたところ、Yは、平成14年8月に自己都合によりX会社を退職したため、X会社は、Yに対し、留学費用の返還を請求した。

(判決の要旨) 
Yは、「留学終了後、5年以内に、万一自己都合により退職する場合は、留学費用(ただし、人件費相当分を除く)を全額返還いたします。」と記載された本件誓約書を作成してXに提出したことが認められるところ、前記文言を社会通念に従って判断すると、YはXに対し留学費用に付いて返還約束をしたものと認められるから、留学費用について金銭消費貸借の合意がされたものと認めるのが相当である。 <中略>
これら駐在員に支給される金員のうち、住宅費補助、自動車保険料補助、語学研修費補助、住居決定までの宿泊費及び国内残留物に関わる経費は、業務遂行の費用ではない支出、即ち労働者が本来負担すべき支出について、使用者が支給する金員であるから、生活補助給的な賃金といえること、その他の渡航準備被及び渡航雑費等についても、業務遂行の実費弁償であるか生活補助給的な賃金であるかの区別は必ずしも明確ではないことに照らすと、返還約束の対象となる「留学費用(ただし、人件費相当分を除く)」とは、賃金(人件費)に当たらないことが明確とはいえない駐在員規定ないし駐在員運用事項を準用して支出された金員(準用に際し取扱内規により金額が増減されたものを含む。)以外の留学に必要な費用をいうと理解するのが合理的である。具体的には、別紙2「留学費用明細書」のうち、語学研修費用、出国・帰国時諸費用、引越費用及び自動車保険料に分類された金員は駐在員規定ないし駐在員運用事項を準用して支出されたものと認められるから、それ以外の、大学授業料及び大学出願料をいうと理解するのが合理的である。 
以上から、本件誓約書は、大学授業料及び大学出願料を貸付の対象とするものであり、これらの金員について、XY間で弁済期を定めないこととしてXがYに貸し付け、留学過程終了後5年間Yが就労した場合には返還義務を免除する旨の消費貸借合意が成立したものと認められる。 
会社が負担した海外留学費用を一定期間内に労働者が退社することで返還を求める旨の合意が労働基準法16条ないし14条違反となるか否かは、それが損害賠償額の予定または違約金とみなされ、退職の自由を不当に制限するものか否かによる。そして、業務遂行に必要な費用は、本来的に使用者が負担すべきものであって、一定期間内に労働者が退職した場合にこれを労働者に負担させる旨の合意は、それが消費貸借合意であったとしても、実質的に違約金ないし損害賠償額の予定と認められるから、会社が費用を負担した海外留学が業務性を有し使用者がその費用を負担すべき場合には、留学費用についての消費貸借合意は、労働基準法16条ないし14条に違反するものとして無効となるというべきである。 
本件についてみるに、本件留学制度に応募するか否かは、労働者の自由意志に委ねられており、上司の推薦によるものでも業務命令によるものでもなく、大学に合格し留学が決まれば業務命令として留学を命じられるが、選抜された段階で本人が辞退すれば本人の意思に反して派遣されることはないこと、派遣先、留学先は、一定範囲の大学に制限されるが、その中から労働者が自由に選択でき、Yも自由に選択したこと、研究テーマ、研修テーマ、留学先での科目選択は、労働者の自由であり、Yも自由に選択したこと、留学中、毎月研修予定研修状況等について簡単な報告書を提出することが義務付けられているが、それ以外にXの業務に直接関連のある課題や報告を課せられることはなく、長期休暇の利用にも制約はなかったことが認められる。そして、MBA課程の履修内容は、Xの業務に関連性があり、XにおいてYが留学前後に担当した職務に直接具体的に役立つものがほとんどであるが、Xの業務に直接には役立つとはいえない経済学や基礎数学等の基礎的、概念的学科も含まれる上、国際標準による会計学、財務分析等について、豊富な分量の文献を履修者に読ませて講義を行うとともに多様なケーススタディによる教育を行うもので、Xの業務には直接的には相当過剰な程度に汎用的な経営能力の開発を目指すものである。また、MBA資格そのものは、YのXにおける担当職務に必要なものではない。他方、Yにとっては有用な経験、資格であり、X以外でも通用する経験利益を得られる。 
そうすると、Yの留学は業務性を有するとはいえないから、本来的に使用者がその費用を負担すべきものとはいえず、Yの留学費用を目的とした消費貸借合意は、実質的に違約金ないし損害賠償の予定であるということはできず、労働基準法16条ないし14条に反するとはいえない。

【裁判例情報】新日本証券事件

新日本証券事件(東京地裁平成10年9月25日判決)

(事実の概要) 
証券会社であるX会社の労働者であるYは、平成4年1月から平成5年5月までX会社の留学規程に基づきアメリカ合衆国に留学し、MBAを取得した者である。X会社は、Yの留学に関し、授業料や渡航料等約540万円の費用を負担したが、X会社の留学規程第18条には、留学終了後5年以内に自己都合により退職し、または懲戒解雇されたときには、原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定があった。 Yは、平成9年3月に自己都合によりX会社を退職したため、X会社は、Yに対し、留学費用の返還を請求した。

(判決の要旨) 
Xは、海外留学を職場外研修の一つに位置付けており、留学の応募自体は従業員の自発的な意思にゆだねているものの、いったん留学が決定されれば、海外に留学派遣を命じ、専攻学科もXの業務に関連のある学科を専攻するよう定め、留学期間中の待遇についても勤務している場合に準じて定めているのであるから、Xは、従業員に対し、業務命令として海外に留学派遣を命じるものであって、海外留学後のXへの勤務を確保するため、留学終了後五年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定を本件留学規程において定めたものと解するのが相当である。留学した従業員は、留学により一定の資格、知識を取得し、これによって利益を受けることになるが、そのことによって本件留学規程に基づく留学の業務性を否定できるわけではなく、右判断を左右するに足りない。 
これをYの留学についてみれば、Yは、留学先のボストン大学のビジネススクールにおいて、デリバティブ(金融派生商品)の専門知識の習得を最優先課題とし、金融・経済学、財務諸表分析(会計学)等の金融・証券業務に必須の金融、経済科目を履修したこと、Yは、帰国後、Xの株式先物・オプション部に配属され、A社とXの合弁事業にチームを組んで参加し、Xの命により、A社の金融、特にデリバティブに関するノウハウ、知識を習得するよう努め、合弁事業解消後も前記チームでデリバティブ取引による自己売買業務に従事したことが認められ、Yは、業務命令として海外に留学派遣を命じられ、Xの業務に関連のある学科を専攻し、勤務している場合に準じた待遇を受けていたものというべきである。Xは、Yに右の留学費用の返還条項を内容とする念書その他の合意書を作成させることなく、本件留学規程が就業規則であるとして就業規則の効力に基づき、留学費用の返還を請求しているが、このこともYの留学の業務性を裏付けるものといえる。 
右に基づいて考えると、本件留学規程のうち、留学終了後5年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定は、海外留学後の原告への勤務を確保することを目的とし、留学終了後5年以内に自己都合により退職する者に対する制裁の実質を有するから、労働基準法16条に違反し、無効であると解するのが相当である。

【裁判例情報】サロン・ド・リリー事件

サロン・ド・リリー事件(浦和地裁昭和61年5月30日判決)

(事実の概要) 
Xは、美容室の経営を業とする株式会社であり、Yは、昭和59年4月1日にXに入社した者である。X会社は、新入社員との間で、新入社員が会社の意向を無視して退社するに至った場合、美容に関する指導訓練に必要な諸経費として、入社月に遡って1か月につき4万円の講習手数料を支払う旨の契約を結んでおり、Yとの間においても、同年6月に同内容の契約を締結した。 しかし、Yは、同年11月18日にX会社の意向を無視して退職したため、X会社は、7.5か月分の講習手数料の合計30万円及び遅延損害金の支払を求めて出訴した。

(判決の要旨) 
労働基準法第16条が使用者に対し、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をすることを禁じている趣旨は、右のような契約を許容するとすれば労働者は、違約金又は賠償予定額を支払わされることを虞れ、その自由意思に反して労働関係を継続することを強制されることになりかねないので、右のような契約を禁じこのような事態が生ずることを予め防止するところにあると解されるところ、当該契約がその規定上右違約金又は損害賠償の予定を定めていることが、一見して必ずしも明白でないような場合にあっても、右立法趣旨に実質的に違反するものと認められる場合においては、右契約は同条により無効となるものと解される。
そして、当該契約が同条に違反するか否かを判断するにあたっては、当該契約の内容及びその実情、使用者の意図、右契約が労働者の心理に及ぼす影響、基本となる労働契約の内容及びこれとの関連性などの観点から総合的に検討する必要がある。 
以上に認定した本件契約の目的、内容、従業員に及ぼす効果、指導の実態、労働契約との関係等の事実関係に照らすと、仮令Xが主張するようにいわゆる一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における従業員に対する指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる逕庭はなく、右のような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認め難く、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪う性格を有することが明らかであるから、結局、本件契約は、労働基準法第16条に違反する無効なものであるという他はない。

【裁判例情報】茨石事件

茨石事件(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決)

(事案の概要) 
X会社は、石油等の輸送・販売を業とする株式会社であって、Y1は、X会社において運転業務に従事する労働者であったが、Y1は、業務上タンクローリーを運転中、追突事故を起こした。そのため、X会社は、使用者責任に基づき、追突された車両の所有者に対してその車両損害の賠償として約7万円を支払い、また、破損したX会社のタンクローリーの修理費及び修理のための休車期間中の逸失利益として約33万円の損害を被った。 そこで、X会社は、Y1及びその身元保証人であるY2らに対し、Aへの損害賠償分の求償と、X会社が直接被った損害に対する賠償を請求した。原審は、損害額のうち4分の1を超える部分についての賠償及び求償の請求は信義則上許されないと判断したので、X会社が上告した。

(判決の要旨) 
使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償または求償の請求をすることができるものと解すべきである。 
原審の適法に確定したところによると、(1)Xは、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本金800万円の株式会社であって、従業員約50名を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を20台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき対人賠償責任保険にのみ加入し、対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかった、(2)Y1は、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するに過ぎず、本件事故当時、Y1は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞し始めた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突したものである、(3)本件事故当時、Y1は月額約4万5000円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であった、というのであり、右事実関係のもとにおいては、Xがその直接被った損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により被った損害のうちY1に対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の4分の1を限度とすべきであり、従ってその他のY2らについてもこれと同額である旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

【裁判例情報】崇徳学園事件

崇徳学園事件(最高裁平成14年1月22日第三小法廷判決)

(事実の概要)
中学校及び高等学校を運営する学校法人Y学園に、長期計画推進室長として雇用されたXは、採用後約半年後からY学園の法人事務局次長を兼務していた。兼務開始から約半年後、Y学園は、Xが法人事務局次長として、(1)台風災害復旧工事に関して法人事務組織規程、決裁規程、経理規程等に違反し、適切な事務処理、会計処理を行わず、特定企業(A社)に工事代金の不当な水増し請求を行わせるなど、その任に背き、Y学園に損害を与えた、(2)リース契約に関し、必要がないのにA社を介在させ、虚偽の契約をさせるなどして不当な利益を得させた、(3)職務専念義務に反するなど、日常の勤務態度が劣悪であった、等を理由として、就業規則に照らし、懲戒免職処分とした。Xはこれを不当として従業員たる地位の確認、賃金等の支払を求めて出訴した。1審は、法人の重要な位置にあるXには(1)の背任行為のみでも懲戒免職処分に値するとして、Xの請求を棄却した。反対に2審は、(1)及び(2)についてXのみに責任を負わせることはできず、A社に不当な利益を得させる目的がなかった、(3)についてXの勤務態度は劣悪とまではいえないとして、Xの懲戒免職処分を無効と判示した。これに対してY学園が上告したもの。

(判決の要旨)
<経理面で規程に沿わずに簡易な支払方法が執られていたが、>これを実行させたのはXであり、それが理事長の意向に沿ったものとしても、適正な会計処理に直結すべき正規の決裁手続を行わなかった責任は、Xにあるといわざるを得ない。Xが経理課長の上司である事務局次長という要職にあり、本件復旧工事の処理の担当とされていたことを考えれば、適正な会計帳簿を作成しなかったことについて経理課長に責任があるなどの事情があったとしても、Xの責任が軽減されるものではない。<中略>
Xの各行為は、生徒の父母、学校関係者、監督行政庁、さらには社会一般から、Y学園が不正行為を行っているという疑惑を招くことを避けられないものであって、著しく不相当な行為である。その結果、Y学園の関係者から、本件復旧工事に関連する保険金の支払方法等につき、Xが不正な行為をしているのではないかとの指摘等がされ、県知事が、Y学園に対し、本件台風被害に係る保険金収入及び本件復旧工事代金の支払を学校会計に計上していないこと等が法令及び寄附行為に違反するとの指摘を行い、改善実施計画等を作成して提出するように求め、Y学園に対する補助金の交付を保留することとしたのである。
これらによれば、Xは、Y学園が著しく不相当な行為を行ったとして社会一般から非難され、信用を失墜したことについて、責任を免れない。Xは、法人事務局次長であり、職員としては法人事務局の最高責任者であったのに、会計処理上違法な行為を行い、Y学園の信用を失墜させ、Y学園に損害を与えたのであって、その責任を軽視することはできない。原審が挙げるような事情によって、Xの責任が軽減されるということはできない。また、Xは、特定の業者に契約に基づかない利益を与えて、これと深い結び付きを持ったと見られてもやむを得ない。そうすると、Y学園がXに対し本件懲戒免職に及んだことは、客観的にみて合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒免職は、社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものということはできない。

【裁判例情報】三和銀行事件

三和銀行事件(大阪地裁平成12年4月17日判決)

(事実の概要)
都市銀行であるY銀行に雇用されていたXらは、労働組合内部における少数派として、かねてから労働条件の向上運動等を行っていた。Xらは、Y銀行において賃金差別、男女差別、割増賃金の不払の日常化及びY社における経営姿勢や労働実態についての手記をまとめた書籍を刊行した。Y銀行は、前記書籍はY銀行を誹謗・中傷するものであり、その中には虚偽若しくは事実を著しく歪曲した表現が含まれ、Y銀行の名誉信用を毀損した等として就業規則に基づきXらを戒告処分に付した。Xらは、本件戒告処分の無効確認を求めるとともに、違法な戒告処分により精神的損害を受けたとして損害賠償の支払を請求した。

(判決の要旨)
本件出版物は、<中略>Y銀行において労働基準法違反等の各事実が存し、かかるY銀行の経営方針に反対するXらに対し、Y銀行が長年賃金差別・昇格差別等を行い、Xらを不当に虐げてきたという内容の図書であり、かかる図書を出版することは、少なくとも形式的には就業規則第54条第3号、第8号に該当するといえる。しかし、<中略>形式的には懲戒事由に該当するとしても、主として労働条件の改善等を目的とする出版物については、当該記載が真実である場合、真実と信じる相当の理由がある場合、あるいは労働者の使用者に対する批判行為として正当な行為と評価されるものについてまで、これを懲戒の対象とするのは相当でなく、かかる事由が認められる場合には、これを懲戒処分の対象とすることは懲戒権の濫用となるものである
<本件出版物の内容を>このようにみてくると、問題となる記載はごく僅かといわなければならない。本件出版物の記載の中の大部分の記載については、Xらが自ら体験した事実をもとに記載されており、右事実について、Y銀行の経営方針等に反対する活動を長年行ってきたXらなりの評価を記載したものである。<中略>
そうであれば、本件戒告処分が懲戒としてもっとも軽いものであるとしても、懲戒事由とされた部分の大半が事実を記載し、又はかかる記載をすることに相当の理由があること、加えて、Y銀行においてはユニオンショップ制がとられていることから、Xらは組合内の少数派として活動するよりほかないものであること、Xらの寄稿・出版協力の目的が主としてXらを含む従業員の労働条件の改善を目指したものであることを総合考慮すれば、本件戒告処分は、処分の相当性を欠き、懲戒権を濫用したもので、無効であるといわなければならない。

【裁判例情報】七葉会事件

七葉会事件(横浜地裁平成10年11月17日判決)

(事実の概要)
X1及びX2は、A保育園を設置経営する社会福祉法人Yに保母として雇用されていた。A保育園で園外保育を実施した際に、数名の園児が蚊に刺されたのでX2はその園児に薬を塗っていた。その間に、他の2名の園児が駆け足で保育園に向かい、X1及びX2はこれら園児を見失った。約15分後にこれら園児は保育園の託児員に無事保護されたが、Yは、園外で園児を無防備のまま放置したことを厳に謹まなければならないとして、就業規則45条2号所定の「正当な理由がなく、園の諸規程、指示に従わず、または不正な行為があったとき」等に該当するとしてX1を7日間の出勤停止に、X2を3,000円の減給処分に付した。X1及びX2は、当該規定は故意に使用者の指示に従わなかった場合に適用されるものであって、過失の場合には適用されない等主張し、処分無効の確認等を求めて出訴した。

(判決の要旨)
本件各処分の前提となった事実は、<中略>両園児が市民の森の出入口から駆け足で園に向かったのにX1及びX2が気付かなかったという過失によるものであり、故意によるものではないから、X1及びX2の行為は、そもそも就業規則45条2号には該当しないというべきである。
<園児を離脱させて各種の危険にさらしたことについてX1及びX2に落ち度はあるが、>園外保育において蚊に刺された園児に薬を塗ることは、保母としての業務行為に含まれるから、X2が市民の森の出入口で園児数名に薬を塗ったことは、その場において必要な業務行為であり、その間、他の園児を視野に入れることができなかったとしても、やむを得ないものというべきである。また、X2は、薬の塗布行為をX1が見ているのを認識していたのであるから、X1において他の園児を見守っているものと信頼するのが通常であり、X2がX1との連携の確認を怠ったことに対して、X2に経済的な不利益を生じさせる減給処分を科することは、処分の程度として重過ぎるというべきである。<中略>
したがって、X2が薬を塗っているときに両園児が園に向かったのに気付かなかったことについての本件減給処分は、処分の程度として重きに失し、Yの裁量権を逸脱するものとして無効というべきである。
他方、X1は、<園児全体を視野に入れるべきところこれを怠ったことから>X2とくらべてその責任は重いというべきである。
ただし、本件では、両園児は託児員に保護されて事なきを得たため、X1及びX2の行為は就業規則45条2号には該当しないのは前述したとおりである。
そして、<認定した事実によれば、園児がX1らの保育から離脱した時間はせいぜい15分間であり、X1らはその後提出した報告書において反省の念を記載しており、また、園においてはグループから離脱しがちな園児2名がいることを認識していたことから、>7日間の出勤停止という本件出勤停止処分は重きに失し、X1に対する処分としては減給処分で十分というべきである。したがって、X1に対する本件出勤停止処分も、Yの裁量権を逸脱し、無効である。

【裁判例情報】炭研精工事件

炭研精工事件(最高裁平成3年9月19日第一小法廷判決)

(事実の概要)
機械部品製造を営むY社に旋盤工として雇用されていたXは、採用されるに当たり、大学を中退していたこと及びいわゆる成田闘争において2度逮捕、勾留、起訴され、いずれも公判係属中であったことを秘匿していた。XはY社に採用されてから、デモに参加して逮捕、勾留されて10日間欠勤した。Y社はXの逮捕、勾留を知り調査したところ、Xの経歴を知るに至った。その後Xが上記2件の刑事事件について懲役刑(いずれも執行猶予付き)に処せられ、Y社は(1)10日間の欠勤は「正当な理由なく7日間連続して無断欠勤したとき」との懲戒解雇事由に、(2)大学中退の事実や、逮捕等の事実を秘匿したことが「経歴をいつわり……雇い入れられたとき」との懲戒解雇事由に、(3)Xが懲役刑に処せられたことが「禁こ以上の刑に処せられたとき」との懲戒解雇事由に、(4)会社構内で無許可でビラを配布した行為が「職務上の指示に不当に反抗し職場の秩序をみだしまたはみだそうとしたとき」との懲戒解雇事由にそれぞれ該当するとの理由から、Xを懲戒解雇とした。Xは懲戒解雇は無効であると主張、地位確認等を求めて出訴した。1審は、上記(1)及び(4)については懲戒解雇事由該当性を否定したが、(2)および(3)の懲戒解雇事由該当性を肯定し、これらのみによっても懲戒解雇は有効となるとした。2審は、(2)のうち、刑事事件について公判中であることを申告しなかったことは懲戒解雇事由には該当しないとしたが、他の点は1審同様の判断により、懲戒解雇を有効とした。これに対してXが上告したものである。

(判決の要旨)
原審の適法に確定した事実関係の下において、本件解雇を有効とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
原審は、Xが2回にわたり懲役刑を受けたこと及び雇い入れられる際に学歴を偽ったことがY社就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとした上、Xのその他の言動を情状として考慮し、本件解雇が懲戒権の濫用に当たらない旨を判示しているのであって、Xが「既存の社会秩序を否定する考え」等を有するということをもって本件解雇を正当化しているものではないから、憲法19条違反をいう所論は、その前提を欠く。

【裁判例情報】ダイハツ工業事件

ダイハツ工業事件(最高裁昭和58年9月16日第二小法廷判決)

(事実の概要)
自動車製造を業とするY社の工員であったXは、日米間の沖縄返還協定をめぐるデモに参加し、凶器準備集合等の嫌疑で現行犯逮捕・勾留され、その間Y社を欠勤した。その後Xは出勤したが、Y社が事情聴取のために命じた労務課への出頭を無視し、従前の職場で作業を行い続けたことから、Y社はXに自宅待機を命じた。しかしXは連日にわたってY社工場に立ち入ろうとして警士(警備員)とトラブルを繰り返したため、Y社はXを20日間の出勤停止処分とした。Xは出勤停止期間中も工場に立ち入ろうとして警士ともみ合ったほか、Y社の門前で抗議ビラの配布を行った。そこでY社は、前記出勤停止処分の後に、再度Xを20日間の出勤停止処分に付した。2回目の出勤停止処分が満了する日に、Y社は、Xの働く適当な職場がないとして無期限の自宅待機命令をなしたが、Xは当該待機命令中、工場に立ち入って、これを排除しようとする警士ともみ合いになり、ベルトコンベアが3分間停止する事態となった。また、別の日には同様に工場に立ち入り、警士に対して打撲傷を与えた。Y社はこれらの事態に対し、Xを懲戒解雇した。Xは従業員としての地位の確認を求めて出訴した。1審及び2審は1回目の出勤停止処分を有効としたが、2回目の出勤停止処分及び懲戒解雇については無効と判示した。これに対してY社が上告したものである。

(判決の要旨)
本件第二次出勤停止処分及び本件懲戒解雇がいずれも権利濫用に当たるとする原審の判断は、首肯することができない。思うに、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
このような見地に立って、まず本件第二次出勤停止処分をみると、<中略>本件第一次出勤停止処分の対象となった一連の就労を要求する行為とその目的、態様等において著しく異なるところはないにしても、より一層激しく悪質なものとなり、警士が負傷するに至っていることと、Xは本件第一次出勤停止処分を受けたにもかかわらず何らその態様を改めようとせず、右処分は不当で承服できないとしてこれに執拗に反発し、その期間中工場の門前に現れて右処分の不当を訴えるビラを配布するという挙に出たこととを併せ考えると、本件第2次出勤停止処分は、必ずしも合理的理由を欠くものではあく、社会通念上相当として是認できないものではないといわなければならず、これを目して権利の濫用であるとすることはできない。
次に、本件懲戒解雇について考えるに、<中略>Xは、実力を行使して工場構内に入構しようとし、そのため多数の警士に傷害を負わせ、更に一時的にもせよ工場内のベルトコンベアを停止せざるをえないような事態を招いているのである。<中略>警士が負傷する可能性のあることはXにも当然予見できたことといわなければならない。しかるに、Xは、あえてこのような実力による就労という行動に出ているのである。<原審ではベルトコンベアの停止による被害は微少であると認定しているが、>Xの行為により工場の業務そのものにまでかかる具体的な被害が招来されたことは、むしろ極めて重大な事態といわなければならない。
自宅待機命令が必ずしも適切なものではなく、Xが右命令は不当なものであると考えたとしても、その撤回を求めるためには社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるほかはないのであって、Xの行為は企業秩序を乱すこと甚だしく、職場規律に反すること著しいものであり、それがいかなる動機、目的の下にされたものであるにせよ、これを容認する余地はない。<中略>
以上のようなXの行為の性質、態様、結果及び情状並びにこれに対するY社の対応等に照らせば、Y社がXに対し本件懲戒解雇に及んだことは、客観的にみても合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものと判断することはできないといわなければならない。

【裁判例情報】岡田運送事件

岡田運送事件(東京地裁平成14年4月24日判決)

(事実の概要)
Y社は貨物自動車運送を業としており、XはY社において運送業務に従事していた。Xは病院で脳梗塞の診断を受け、約3か月にわたり欠勤を続けていたところ、Y社より無断欠勤を理由とする懲戒解雇の意思表示を受け、また、解雇通知書の送付を受けた。Xは従業員としての地位の確認、賃金等の支払を求めて出訴した。

(判決の要旨)
Xは、8月20日付け診断書をY社に同年8月20日過ぎに提出してから、就業規則25条(1)に定める欠勤についての上長への願い出及び就業規則25条(2)に定める1週間以上病気欠勤する際に従業員がなすべき診断書提出のいずれも行っていないことが認められるが、これは、Y社から、病気(脳梗塞)を理由に退職勧奨を受け、診断書が必要か問い合わせた際、上司から、解雇するから診断書は不要であると拒絶されたことによるものであるから、Xが診断書を提出せず、欠勤の願い出をしなかったことに正当な理由があるというべきである。
Xとして解雇を受け入れるつもりがないのであれば、なおも診断書提出や欠勤の願い出を行うのが望ましかったとはいえるが、Xの診断書不提出等が上司のこれを不要とする言動に基づくものである以上、Xの診断書不提出等が企業秩序に違反する行為とはいえないことは明らかであり、Xの診断書不提出等の行為には、正当な理由がある。
したがって、Xの無届欠勤は、就業規則28条(3)(イ)「正当な理由なしに無届欠勤7日以上に及ぶとき」には該当しないと解するのが相当である。<中略>
Xの欠勤が懲戒解雇事由に該当しないことから、本件解雇は、Xの無届欠勤を理由とする懲戒解雇としては無効である。
懲戒解雇は、使用者による労働者の特定の企業秩序違反の行為に対する懲戒罰であり、普通解雇は、使用者が行う労働契約の解約権の行使であり、両者はそれぞれその社会的、法的意味を異にする意思表示であるから、懲戒解雇の意思表示がされたからといって、当然に普通解雇の意思表示がされたと認めることはできない。他方、使用者が、懲戒解雇の要件は満たさないとしても、当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており、懲戒解雇に至る過程に照らして、使用者が懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができるものと解される。<中略>
<本件についてみると、>Y社代表者は、脳梗塞をしたXをもはや運転手として雇用し続けることはできないとの考えに基づいて、Xに対し、病気を理由とする退職勧奨を行ったものであるから、本件解雇通告及び本件解雇通知書は、懲戒解雇の意思表示のほか、予備的に普通解雇の意思表示を含むものと認定できる。

【裁判例情報】日本メタルゲゼルシャフト事件

日本メタルゲゼルシャフト事件(東京地裁平成5年10月13日決定)

(事実の概要)
鉄鋼、非鉄金属等の輸出入、国内販売等を業とするY社に雇用されていた労働者Xは、非鉄金属関係部門の部長の職にあったが、Y社から2回にわたって約3か月後の日付を指定して退職を勧奨する文言等の含まれた「FORMAL NOTICE OF RESTRUCTURING」と題する書面(以下「前者書面」という。)を交付された。Xはこれに対して異議を申し立てることなく、書面を受領し、事務の引継ぎを行い、以後出勤しなくなった。後日Y社はXに対して、Xが協調性に欠けていること、XがドイツにあるY社の本社に対してY社の代表者らを誹謗中傷する文書を送付したことを理由として、書面により、Xを懲戒解雇する旨の意思表示をした(この書面を以下「後者書面」という。)。その約2か月後に、Y社はさらにXに対して、30日間の予告期間を設けた普通解雇の意思表示をした。Xは、前者書面が解雇通知であり、この通知により出社に及ばずと命令されたので、後に異議をとどめるつもりで不本意ながらそれに従って自宅待機をしただけであり、退職勧奨に応じたものではないと主張し、また、Y社が懲戒解雇事由として掲げた行為は存在せず、解雇は無効であると主張し、従業員としての地位保全仮処分を申請した。これに対してY社は、前者書面により退職勧奨をしたところXがこれに応じたものであると主張、また、この退職勧奨や懲戒解雇が無効であるとしても、懲戒解雇の事由が普通解雇の事由にも該当する場合には、懲戒解雇の意思表示が普通解雇の意思表示に転換して効力が認められるべきであると主張した。

(決定の要旨)
<前者書面には、約3か月後の日付を指定して退職を勧奨する文言があり、それまでの期間は出勤する必要はないが賃金を支払う旨の記載があること等の事情を勘案すれば、>これをもって解雇通知であると解することは困難である。
<後者書面により>Y社が懲戒解雇の事由として掲げる事実はいずれも労働者に対する制裁の極致としての懲戒解雇に値するものとは解されないので、主張自体失当である。
懲戒解雇は、企業秩序違反に対する制裁罰として普通解雇とは制度上区別されたものであり、実際上も普通解雇に比して特別の不利益を労働者に与えるものであるから、仮に普通解雇に相当する事由がある場合であっても、懲戒解雇の意思表示を普通解雇の意思表示に転換することは認められないと解する。
<Y社が予告期間を設けて行った普通解雇の意思表示については、>Y社が小規模な会社である上に、既に非鉄金属部門でトラブルを起こして移籍及び降格された経歴のあるXを受け入れる部門もなく、もはや配転により心機一転を図ることも困難であること、昨年来業績が悪化しており、従業員が一丸となって不況に立ち向かわなければならない状況にあること等を勘案すると、Y社のした本件解雇をもって解雇権の濫用であると認めることはできない。
Xは、右解雇をもってY社の4度目の解雇の意思表示であって、解雇権の濫用であると主張するが、<前者書面が>解雇の意思表示ではないことは既に判示したとおりであり、懲戒解雇と普通解雇とは既に判示したとおりその要件及び効果が異なるのであるから、Y社がその双方を選択することは何ら妨げられるものではなく、右主張は失当である。

【裁判例情報】高知放送事件

高知放送事件(最高裁昭和52年1月31日判決)

(事実の概要)
Xは、テレビ・ラジオの放送を業とするY社にアナウンサーとして雇用され、宿直勤務に従事していたが、2度にわたり寝過ごし、定時のラジオニュースを放送することができなかった。Y社はXを懲戒解雇処分に付したが、Xは前記放送事故が自らの過失のみにより起こったものではない等主張し、従業員の地位の確認を求めて出訴した。1審及び2審はY社の懲戒権の濫用を認定し、Xの請求を認容した。本件はY社が上告したものである。

(判決の要旨)
就業規則所定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職など将来を考慮して、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない。そして、右のような場合に、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである。<中略>
しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。<中略>
<本件諸事情のもとにおいて、>Xに対し解雇をもって臨むことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は、結局、正当と認められる。

【裁判例情報】中央林間病院事件

中央林間病院事件(東京地裁平成8年7月26日判決)

(事実の概要)
Xは、個人病院を経営するYの依頼を受け、同病院の院長に就任していた。Yは、XがYを誹謗中傷している、Xが病院の経営状態が悪化していると故なく吹聴し、従業員の不安を煽るほか、病院の信用を毀損している、規定に反して勝手に医療機器を購入した等の理由から、Xを懲戒解雇に付する決定をした旨記載された通知をXに送付した。同病院の就業規則には、「職員の表彰及び懲戒は、次の各号に定める原則に従い実施する。(3)懲戒委員会を設置し、懲戒についてはすべて委員会にはかりその結果に基づき院長が決定すること。(4)懲戒委員会は、委員3名をもって構成し、委員は院長、副院長、事務長各1名とする。」との規定があったが、YはXを解雇しようとするに当たり、同委員会を開催せず、総婦長との相談によりXの解雇を決定していた。Xは本件懲戒解雇の無効の確認等を求めて出訴した。

(判決の要旨)
本件懲戒解雇が、<懲戒委員会の設置及び構成、懲戒手続を定めた就業規則の規定>に則ったものであるか否かを検討する。Y本人尋問の結果及び弁論の前趣旨によれば、当時、副院長は存在しなかったこと及びYは総婦長と相談したうえ、Xの解雇を決定したことが認められる。<中略>
思うに、本件においては、本件懲戒解雇当時、副院長が存在しなかったことや、懲戒解雇対象者が院長であるといった特殊性が存したことからすれば、就業規則<中略>の規定どおりでなければ懲戒解雇をなしえないとするのは相当ではなく、代替的な方法によることも可能であると考える。
しかしながら、右に認定した程度のものでは、Yが独自にXの懲戒解雇を決定したのに何ら代わるところがなく、<同規定が>懲戒処分については、<Yの経営する病院の>中枢的立場にある者の協議検討の上慎重に決定しようとした趣旨が全く没却されているのであって、就業規則上の懲戒委員会に代替する措置が執られたとは到底認められない。したがって、本件懲戒解雇は、手続的な面においても、瑕疵が大きいものであると言わざるを得ない。

【裁判例情報】日経ビーピー事件

日経ビーピー事件(東京地裁平成14年4月22日判決)

(事実の概要)
雑誌等の出版を業とするY社に編集記者として採用されたXは、取材先とのトラブルが多発したため、福利厚生部への異動命令を受けた。Xは同部においてもミスを繰り返し、ミスに関する経過報告書の提出を2度にわたり拒否したことから、けん責処分に処せられた。その後、上司が警告書をもって出席を命じた部会を約2か月の間で7回にわたり欠席したため、再度けん責処分に処せられた。Xは、福利厚生部への異動が無効であると主張し、なおも部会を欠席したほか、無断で早退したことから、Y社は減給処分に付した。さらにXの部会の欠席は続き、伝票処理の業務命令に従わなかったことから、Y社はXを7日間の出勤停止処分に付した。また、Xはその後も同様の状態が続き、ついには「2か月欠勤する」旨の電子メールを上司に送信し、出勤しなくなった。上司らは再三Xに対して出勤を指示し、又は欠勤届の提出を命じたが、Xはこれに応じなかったことから、Y社はXを懲戒解雇とした。Xは、Y社の編集記者としての地位の確認及び各種懲戒の無効確認並びに慰謝料の支払を求めて出訴した。

(判決の要旨)
Xは、<2か月間にわたる>長期間、上司による承認を受けることなく連続して欠勤し、<Y社上司らによる>職務復帰命令に違反したという点は、XのY社の従業員としての基本的な義務に反する重大な命令違反であるといわなければならない。それだけでなく、<中略>本件出勤停止処分の後の福利厚生部会の出席拒否、<中略>早退に許可を受けるべしとの指示命令違反行為は、Xの重大な非違行為であると評価することができる。そして、前述のとおり、Xは、それまでに、本件第1けん責処分、本件第2けん責処分、本件減給処分及び本件出勤停止処分という懲戒処分を受けていることを合わせ考えれば、本件懲戒解雇は、相当な処分であるし、平等原則の見地からも適切であるといわなければならない。

【裁判例情報】ソニー生命保険事件

ソニー生命保険事件(東京地裁平成11年3月26日判決)

(事実の概要)
生命保険業を営むY社において、営業担当社員(ライフプランナー)として勤務していたXは、Y社から業務に必要とされるパソコンの貸与を受けていたが、このパソコンを3度にわたり質入し、結果として同パソコンは質流れで他に販売された。Y社の就業規則には「会社の金品等を費消または流用したとき」に懲戒解雇するものとの定めがあり、また、Y社の退職金規程には、懲戒解雇の場合は退職金を減額し又は支給しない旨の規定があった。Y社は、これら規定に基づき、Xを懲戒解雇とし、退職金を支給しなかった。Xは、パソコンの質入れにより自らが得た利益はわずかであり、懲戒解雇処分は重すぎるとして、懲戒解雇処分の取消し及び退職金の支払を求めて出訴した。

(判決の要旨)
Xが、Yからライフプランナーに貸与されていたY社所有のパソコンを3回にわたり質入れしたあげく、質流れとなってしまった事実は当事者間に争いはなく、Y社の就業規則32条1項(8)に規定する懲戒解雇事由「会社の金品等を費消又は流用したとき」に該当することは明らかである。
<Xは本件解雇が処分として重すぎると主張するが、>Y社のライフプランナーは、生命保険会社の営業社員であり、顧客から保険料等金銭を預かることも業務に含まれることからすれば、金銭に対しては、とりわけ潔癖性が要求されるのであって、そのことからすれば、Y社の損害額が約20万円とさして大きくなく、質入れによるXの利益がわずかであったとしても、見過ごしにはできない非行であることは否定できない上、パソコンを質入れしている期間、Xはパソコンを使用できず、Y社の方針に反していたほか、業務上全く支障がなかったともいえず、Xの職務遂行態度に問題があることも否定できない。
したがって、本件解雇には、合理的な理由があり相当であり、懲戒権の濫用には当たらず、有効である。前述のとおり、本件解雇は有効であるところ、<Y社の退職金規程>によれば、懲戒解雇の場合、退職金は支給されない旨規定されていることから、Xには退職金請求権は認められない。

【裁判例情報】京阪神急行電鉄事件

京阪神急行電鉄事件(大阪地裁昭和37年4月20日判決)

(事実の概要)
鉄道会社であるY社において出改札業務等に従事していたXらは、使用済みの切符を販売する等の方法で金銭を不法に領得したとして、Y社から懲戒解雇処分を受けた。Xらは、不当に重く処分を受けたとして、Y社の従業員としての身分を保全する仮処分申請を行ったものである。

(判決の要旨)
<運賃を>従業員が業務上不正に領得する行為は経営の基礎をゆるがせるものであつて、従業員は監督者同僚の眼を離れ孤立して勤務する事も多く又現金を取扱う為高度の信頼関係が要求されるところ、前述のX等の不正行為の範囲態様手段他の従業員に与えた影響等を考えると、Y社においてX等を会社企業内部にとどめることはその存立上からも、経営秩序維持の為からも、はたまた他戒の目的からも許し難いものとして、懲戒解雇処分に付したことを以て、あながち過酷な不当な処分とはいい難く、また本件に現われたすべての疎明資料によつても、X等主張の如く、X等のみを特に重く処分したという偏頗な事情も窺えないのであるから、本件懲戒解雇を以て、労働協約、就業規則の適用を誤つたものとはいい難く、これを無効とするX等の主張は採用し難い。

【裁判例情報】富士見交通事件

富士見交通事件(東京高裁平成13年9月12日判決)

(事実の概要)
タクシー運送を業とするY社に勤務し、かつ労働組合の副支部長でもあったXは、組合執行委員会に出席するため、所定の非就労届をY社に提出した。しかしXは同委員会を欠席し、またY社で就労することもなかったため、Y社は、正常勤務を怠ったことを職場放棄とみなし、これを理由に懲戒解雇する旨の通知書をXに交付した。Xは、Y社の懲戒解雇は懲戒権の濫用に当たるとして、雇用契約上の地位の確認及び解雇日以降の賃金の支払を求めて出訴した。Y社は1審の審理中、Xには職場離脱のほか、交通違反やメーターの不正操作等の非違行為があり、懲戒解雇が相当である旨主張した。1審は、本件懲戒解雇事由は職場離脱行為とそれに密接に関わる行為のみであり、Y社が追加主張したXの行為は、懲戒解雇当時にY社が認識していなかったか、あるいは認識していたとしても懲戒解雇に相当する事由とは考えていなかったものと認定し、職場離脱行為とそれに密接に関わる行為につき就業規則所定の懲戒解雇事由には該当せず、懲戒解雇を無効であるとした。これに対してY社が控訴したものである。

(判決の要旨)
使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないが、懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、それが、たとえ懲戒解雇の際に告知されなかったとしても、告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種若しくは同じ類型に属すると認められるもの又は密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができると解するのが相当である
これを本件についてみるに、前記認定の事実関係によれば、Y社は、本件懲戒解雇の際、Y社主張に係るXの非違行為のうち本件懲戒解雇前に行われたものすべてについて認識し、かつ、これを懲戒解雇事由とする意思であったが、これが多岐にわたるため、本件懲戒解雇を最終的に決定する契機となった事由すなわち<中略>職場離脱のみを本件通告書に記載したにすぎず、懲戒解雇事由をこれに限定する趣旨ではなかったものと認めることができる。<中略>
このような経緯をも総合して考えると、<Xの職場離脱等の行為は、>他の非違行為ともども、Xの勤務態度の劣悪さを示すものであるとともに、<Xが所属する組合の副委員長から>これを改めるよう忠告を受けていたものであって、一体として密接な関連性を有するとみることができる。したがって、本件通告書に記載された<中略>職場離脱のみならず、それ以外の前記認定に係るXの非違行為もまた、本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることができるものというべきである。

【裁判例情報】山口観光事件

山口観光事件(最高裁平成8年9月26日第一小法廷判決)

(事実の概要)
Xは、ホテル・公衆浴場の経営等を業とするY社が経営する店舗において、マッサージの業務に従事していた。XはY社担当者に対し、「連日の勤務で疲労したので、翌日から2、3日休みたい」と連絡し、年次有給休暇の取得を請求したところ、Y社代表取締役から、「明日から来なくてよい」と告げられた。Y社は、Xが出勤を拒否し、さらに欠勤を申し出た行為が就業規則所定の懲戒事由である「正当な理由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心であるとき」に該当し、懲戒解雇にしたものであると主張した。また、Y社はその後、XがY社に採用される際に実際よりも年齢を若く記載した履歴書を提出していたことが、就業規則所定の懲戒事由である「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」に該当していると主張した。Xは、当該解雇の無効を主張し、解雇後の賃金の支払を請求して出訴し、1審及び2審はXの請求を認容した。これに対してY社が上告したものである。

(判決の要旨)
使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課すものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである
これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、本件懲戒解雇は、Xが休暇を請求したことやその際の応接態度等を理由としてされたものであって、本件懲戒解雇当時、Y社において、Xの年齢詐称の事実を認識していなかったというのであるから、右年齢詐称をもって本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできない。

【裁判例情報】橋元運輸事件

橋元運輸事件(名古屋地裁昭和47年4月28日判決)

(事実の概要) 
Yは、運送を業とする株式会社であり、Xは、昭和23年10月Yに入社し、以来従業員として稼働してきた者である。 ところが、昭和43年10月12日、Yは、Xらが、同年7月ごろから、Bが同一業種のA会社を設立するにあたって同社の取締役に就任し、Yの親会社に対しA社に対する発注作業の申請をし、Yの業績を低下させるような計画に参画しており、Xらのこのような行為は、就業規則第48条4号の「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇入れられ他に就職した者」及び同条7号の「その他各号に準ずる程度の不都合行為のあったもの」に該当するとして、Xらに対し懲戒解雇の意思表示をした。

(判決の要旨) 
以上に認定した事実によれば、Xらは、Yの取締役副社長であったBが、Yと同一業種の新会社設立にあたり、その依頼を受けて取締役に就任したことは明らかである。 
ところでYの就業規則第48条4号7号にY主張のとおりの条項の存することは当事者間に争いがない。 元来就業規則において二重就職が禁止されている趣旨は、従業員が二重就職することによって、会社の企業秩序をみだし、又はみだすおそれが大であり、あるいは従業員の会社に対する労務提供が不能若しくは困難になることを防止するにあると解され、従って右規則にいう二重就職とは、右に述べたような実質を有するものを言い、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものは含まれないと解するのが相当である。 
これを本件についてみると、XらはA会社の取締役に就任後、取締役としてA会社の経営に直接関与することなく、Yの従業員として稼働していたというのであるから、XらのYに対する労務の提供に何ら支障を来さなかったことは明らかである。 従ってXらの取締役就任が、Yに対する労務提供を妨げる事由とは認められない。またXらは前記のとおりA会社の経営に直接関与していなかったのであるから、一見すれば、Yの企業秩序に対し影響するところはないとも考えられる。 
しかし、BはYの取締役副社長に在任中に同一業種の別会社を設立することを企て、これを実行したのであり、XらはBの右企てを同人から告げられ、その依頼を受けてA会社の取締役に就任することにより右企てに参加したものであること、Bが別会社設立を理由に解任された後も、これを知りながら、いぜんとして取締役の地位にとどまり辞任手続等は一切しなかったこと、BはYから解任された後はA会社の経営に専念していたのであり、BとXらとの前記のような間柄からすれば、Xらは、BからA会社の経営につき意見を求められるなどして、A会社の経営に直接関与する事態が発生する可能性が大であると考えられること、XらはYの単なる平従業員ではなく、いわゆる管理職ないしこれに準ずる地位にあったのであるから、Yの経営上の秘密がXらによりBにもれる可能性もあることなどの諸点を考え併せると、XらがYの許諾なしに、A会社の取締役に就任することは、たとえ本件解雇当時XらがA会社の経営に直接関与していなかったとしても、なおYの企業秩序をみだし、又はみだすおそれが大であるというべきである。 してみると、XらのA会社取締役就任の所為はY就業規則第48条4号または7号に該当するというべきであるから、これを理由としてなされた本件解雇は有効である。

【裁判例情報】小田急電鉄事件

小田急電鉄事件(東京高裁平成15年12月11日判決)

(事実の概要)
鉄道事業等を業とするY社に勤務するXは、他社の電車に乗車中、女性客に対する痴漢行為を行い、逮捕勾留され、罰金刑に処せられた。Y社の担当者がXの釈放後にXから事情聴取したところ、Xはこの事件を起こす前にも、同様の痴漢事件1件を起こし、罰金刑に処せられていたことを述べた(実際はもう1件起こしており、同様に罰金刑に処せられていたが、Xはその場では供述しなかった)。そこでY社は賞罰委員会を開催し、昇給停止及び降職処分を下した。約半年後、Xは他社の電車に乗車中、女性客に対する痴漢行為を行い、逮捕勾留され、執行猶予付きの懲役刑に処せられた。Y社の担当者は勾留中のXと接見し、Xが起こしたすべての痴漢事件についての事情を聴取し、XはY社にいかなる処分を受けても一切弁明をしない旨の「自認書」に署名押印した。Y社は賞罰委員会の討議を経て、Xを懲戒解雇した。Y社は、就業規則に「懲戒解雇により退職するもの、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職するものには、原則として、退職金は支給しない」との規定があることから、Xに対して退職金を支給しなかった。これに対してXは、Y社の就業規則には諭旨解雇処分の規定があり(諭旨解雇の場合、退職金は半額支払われることとなっていた)、自らの行為は諭旨解雇相当であるとして退職金の支払を求めて出訴した。1審はXの請求を棄却したため、Xが控訴したものである。

(判決の要旨)
Xは、<中略>電車内における乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の社員であり、その従事する職務に伴う倫理規範として、<痴漢行為を>行ってはならない立場にある。しかも、Xは、本件行為のわずか半年前に、同種の痴漢行為で罰金刑に処せられ、昇給停止及び降職の処分を受け、今後、このような不祥事を発生させた場合には、いかなる処分にも従うので、寛大な処分をお願いしたいとの始末書<証拠略>を提出しながら、再び同種の犯罪行為で検挙されたものである。このような事情からすれば、<中略>その社内における処分が懲戒解雇という最も厳しいものとなったとしても、それはやむを得ないものというべきである。
Y社には、基本的には、初任給等を基礎として定められる退職金算定基礎額及び勤続年数を基準として算出した退職金を支給する旨の退職金支給規則があること、そして、同規則の4条には、「懲戒解雇により退職するもの、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職するものには、原則として、退職金は支給しない。」との条項(本件条項)があることは、認定したところである。上記のような退職金の支給制限規定は、一方で、退職金が功労報償的な性格を有することに由来するものである。しかし、他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものである。ことに、本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い。そして、その場合、従業員は、そのような退職金の受給を見込んで、それを前提にローンによる住宅の取得等の生活設計を立てている場合も多いと考えられる。それは必ずしも不合理な期待とはいえないのであるから、そのような期待を剥奪するには、相当の合理的理由が必要とされる。そのような事情がない場合には、懲戒解雇の場合であっても、本件条項は全面的に適用されないというべきである。<中略>
そうすると、<本件のような場合には、>当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち、一定割合を支給すべきものである。本件条項は、このような趣旨を定めたものと解すべきであり、その限度で、合理性を持つと考えられる。本件については、<中略>本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべきである。その具体的割合については、上述のような本件行為の性格、内容や、本件懲戒解雇に至った経緯、または、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、とりわけ、過去のY社における割合的な支給事情等をも考慮すれば、本来の退職金の支給額の3割であるとするのが相当である。

【裁判例情報】日通名古屋製鉄作業事件

日通名古屋製鉄作業事件(名古屋地裁平成3年7月22日判決)

(事実の概要)
Y社は、訴外A社における製品及び原材料の運搬並びに各種荷役作業を業としており、Xは大型特殊自動車運転手としてY社に雇用されていた。Xは、同僚と口論となり、同人に暴行して全治1週間の傷を負わせた。Y社はこの事実を受け、Xに対して10日間の自宅待機を命じた上で、Xを譴責処分に付し、かつ、作業長から副組長へと降格させる処分を行った。Xは、譴責及び降格処分の無効確認のほか、自宅待機期間中の賃金の支払等を求めて出訴した。

(判決の要旨)
Y社が賃金の控除をした根拠は、<Xの暴行事件以前にY社内で発生していた同様の事件>の際に同様の措置が執られ、それ以降、懲戒問題が生じて自宅謹慎を命ぜられ、後に懲戒処分が決定した場合その期間は欠勤扱いとする旨の慣行が成立しており、訴外組合もそのことを了承していたということにあると認められる。しかしながら、このような場合の自宅謹慎は、それ自体として懲戒的性質を有するものではなく、当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令とみるべきものであるから、使用者は当然その間の賃金支払義務を免れるものではない。そして、使用者が右支払義務を免れるためには、当該労働者を就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか又はこれを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要すると解すべきであり、単なる労使慣行あるいは組合との間の口頭了解の存在では足りないと解すべきである。本件においては、右緊急かつ合理的な理由又は懲戒規定上の根拠の存在を認めるに足りる証拠は存在しないから、Y社が行った右賃金控除は、単なる賃金不払いとみざるを得ず、したがって、本訴請求中、右控除分につき賃金支払を求める部分は理由がある。

【裁判例情報】ネッスル事件

ネッスル事件(東京高裁平成2年11月28日判決)

(事実の概要)
食料品の製造販売を業とするY社においてセールスマンとして勤務していたX(妻帯者)は、Y社に派遣されていた訴外Aと交際するようになった。Aにはかねて交際中のBがおり、BはXとAの関係を知り、Y社、X、Xの勤務する出張所長Cらを脅迫するに至った。また、Xを誹謗中傷する文書がY社の取引先に出回った。そこでCは、口頭でXに対し、「当分の間自宅で待機していて欲しい」と通告した。Cはその理由について何ら説明せず、単に「これは処分ではなく業務命令である」と告げた。その後、Y社はXに対する自宅待機を解除せず、2年間が経過したことから、Xは当該自宅待機命令が無効であることの確認及び慰謝料等の支払を求めて出訴した(Y社はXの出訴後、Xを転勤させる旨の命令を行っている。また、Y社は自宅待機期間中、Xに対して賃金、賞与を支払っていた)。1審はXの請求を棄却したため、Xが控訴したものである。

(判決の要旨)
<諸般の事情を考慮すれば>Y社が、Xに対し、業務上の必要から、自宅待機を命ずることも、雇用契約上の労務指揮権に基づく業務命令として許されるというべきである。
しかしながら、Y社が、業務命令として自宅待機を命ずることができるとしても、労働関係上要請される信義則に照らし、合理的な制約に服すると解され、業務上の必要性が希薄であるにもかかわらず、自宅待機を命じあるいはその期間が不当に長期にわたる等の場合には、自宅待機命令は、違法性を有するものというべきである<中略>。
本件自宅待機命令は、昭和60年5月9日に本件転勤命令が通告されるまで約2年間にわたって続いたことは当事者間に争いがないが、<Xの言動等を勘案すると、Xをセールスマンとして勤務させることによりY社の信用が損なわれる結果になりかねなかったのであるから、>Xに対し長期間自宅待機を命ずる業務上の必要性があったというべきである。よって、本件自宅待機の期間が2年間の長期にわたったとしても、これをもって、本件自宅待機命令を違法とするには足りないという外ない。

【裁判例情報】立川バス事件

立川バス事件(東京高裁平成2年7月19日判決)

(事実の概要)
旅客自動車運送を業とするY社にバス運転手として雇用されたXは、Y社に採用されるまでに同業他社3社に勤務していた経歴を履歴書に記載しなかった。この事実を把握したYは賞罰委員会を経て、Xを譴責処分に付した。そこでXは譴責処分の無効の確認及び精神的苦痛に対する慰謝料の支払を求めて出訴した(Xは出訴後にY社を定年退職している)。1審はXの請求を棄却したことから、Xが控訴したものである。

(判決の要旨)
確認の訴えは、判決をもって法律関係の存否を確定することが、法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に限って認められるものであるから、通常は、紛争の直接の対象である現在の法律関係について個別にその確認を求めるのが適当であるとともに、それをもって足り、その前提となる法律関係、特に過去に遡って法律関係の存否の確認を求めることは、現在の権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえってこれらの権利又は法律関係の基本となる過去の法律関係を確定することが、現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的解決のため最も適切かつ必要と認められるような場合に、例外的に許容されるというべきである。
本件譴責処分の無効確認の訴えは、現在の法律関係の確認ではなく、過去の事実ないし法律関係の確認を求める訴えであると解されるところ、本件譴責処分について、このような例外的事情が認められるか否かを検討するに、<証拠略>によると、Y社の就業規則においては、譴責処分は、始末書を取り、将来を戒めるものとされている<中略>が、これ以外に特段の法律効果(例えば昇給延伸といった効果)を生ずることについては主張もなく、また、これを認めるに足る証拠もない。
右譴責処分の内容のうち、将来を戒めるというのは単なる事実行為にすぎず、法的効果としては、せいぜい始末書の提出義務が考えられるにすぎないが、Xが現在Y社を定年退職していることはXの自認するところであるから、右義務が現在もはや存在しないことは明らかである。<中略>したがって、Xの請求中譴責処分の無効確認を求める部分は確認の利益を欠き、不適法として却下を免れない。

【裁判例情報】JR東日本(高崎西部分会)事件

JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日第一小法廷判決)

(事実の概要)
鉄道による陸上運輸を業とするY社において、労働組合の組合員であるXらが団体交渉を求め、事務所に無断で立ち入り、再三の退去通告にも従わなかったことを理由として、Y社はXらに対し、訓告及び厳重注意処分を行った。Xらはこれら処分の無効確認を求めて出訴した。1審はXらの請求を認容したが、2審では、訓告または厳重注意の無効確認の訴えは確認の利益を欠き不適法であるとして却下した。これに対し、Xらが上告したものである。

(判決の要旨)
Y社における厳重注意は、就業規則等に規定がなく、それ自体としては直接的な法律効果を生じさせるものではないが、実際上、懲戒処分や訓告に至らない更に軽易な措置として、将来を戒めるために発令されているものであり<中略>、人事管理台帳及び社員管理台帳に記載されるものであるというのである。そうすると、本件厳重注意は、企業秩序の維持、回復を目的とする指導監督上の措置と考えられるが、一種の制裁的行為であって、これを受けた者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものとして、その者の法的利益を侵害する性質の行為であると解される。一般に、使用者は、労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持ち、他方、従業員は企業秩序を遵守すべき義務を負っているものではあるが、使用者の右権能の行使としての措置であっても、それが従業員の法的利益を侵害する性質を有している場合には、相当な根拠、理由もないままそのような措置を執ってはならないことは当然である。したがって、右のような性質を有する使用者の措置に基づき従業員が損害を被ったという事実があれば、使用者が当該措置を執ったことを相当とすべき根拠事実の存在が証明されるか、または使用者において右のような事実があると判断したことに相当の理由があると認められるときでなければ、不法行為が成立すると解するのが相当である。

【裁判例情報】福知山信用金庫事件

福知山信用金庫事件(大阪高裁昭和53年10月27日判決)

(事実の概要)
金融機関であるY金庫は、不正集金を行って有罪判決を受けた組合執行役員を諭旨解雇とした。これに抗議する運動を就業時間中に行っていたとして、Y金庫はXらを11日間の謹慎処分に付したところ、Xらは2日間にわたって出勤し、さらにY金庫の申請による立入禁止仮処分命令を発した裁判所に対しても抗議行動を行った。そこでY金庫はXらに反省の色がないとして、再度12日間の謹慎処分に付し、裁判所から同様の立入禁止処分を得た。また、Xらに対して「本日をもって謹慎処分を解除されましたならば、謹慎中に私の過去の職員としての行為について十分自己反省を致しました。今後は金庫職員として恥しくない勤務に努め、労使関係につきましても、良識に基いて合理的に行動することを誓約致します。尚万一この誓約に違背する行為をしました時には、如何なる処分を受けましても異議は申立てません」との記載の誓約書の提出を求めたが、Xらが提出しなかったため、Y金庫は就業規則の「再度減給処分を受けて反省しないとき」に基づき、Xらを諭旨解雇処分に付した。XらはY金庫職員としての地位の確認を求めて出訴。1審は諸事情からみて諭旨解雇は酷であり、妥当性を欠く解雇権の濫用として無効と判示した。Y金庫が控訴したものである。

(判決の要旨)
本件誓約書を提出しなかったことが、これ迄のXらの行為と相まち、本件解雇を正当ならしめるものであったかどうかについて考えるに、Y金庫の要求した誓約書には包括的な異議申立権の放棄を意味するものともうけとれる文言が含まれていて、内容の妥当を欠くものがあったばかりでなく、そもそも本件のような内容の誓約書の提出の強制は個人の良心の自由にかかわる問題を含んでおり、労働者と使用者が対等な立場において労務の提供と賃金の支払を約する近代的労働契約のもとでは、誓約書を提出しないこと自体を企業秩序に対する紊乱行為とみたり特に悪い情状とみることは相当でないと解する。そうだとすると、本件においては、Xらの本件誓約書の不提出並びにこれに関連する諸情状を考慮に入れても、解雇の正当性を基礎づけることはできず、結局本件解雇は懲戒権の濫用としてその効力を生じないものと判断せざるを得ない。

【裁判例情報】エスエス製薬事件

エスエス製薬事件(東京地裁昭和42年11月15日判決)

(事実の概要)
医薬品製造を業とするY社の労働組合員であったXらが、無許可のまま職場から外出したことを理由とし、Y社はXらに始末書の提出を求めたが、Xらはこれを拒否した。そこでY社は就業規則の規定に基づき、Xらをけん責処分に付した。(その後のXらの行動がY社就業規則に定める懲戒事由に該当するとして、Y社はXらを昇給停止、出勤停止及び懲戒解雇処分に付している。)Xらは、これら処分が無効なものであり、Y社の従業員の地位を有していることの確認を求めて出訴した。

(判決の要旨)
XらがY社上司より始末書の提出を命ぜられ、これを拒否したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠略>によれば、Y社就業規則44条2項には、けん責・昇給停止・出勤停止処分に付する場合は、あらかじめ始末書の提出を求め得る旨規定されているから、<中略>無断外出の件<中略>については、Y社上司から始末書の提出を命ぜられた以上Xらにおいてこれを提出すべき義務があるものというべく、これを拒否したことは就業規則47条11号「職務上上長の指揮命令に従わず」に該当する。<中略><YがXらのけん責処分後更にXらが組合機関紙に虚偽の記載をし、同紙を配布したこと及び>始末書不提出があつたことを理由として原告らに対して行つた本件昇給停止、出勤処分停止処分はいずれも有効といわざるを得ない。

【裁判例情報】フジ興産事件

フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

(事実の概要)
工場の設計等を業とするY社は、昭和61年に旧就業規則を作成し、労働者代表の同意を得て所轄労働基準監督署長に届け出ていた。Y社は平成6年4月1日から新たな就業規則を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で同8日に所轄労働基準監督署長に届け出た。各規則には懲戒解雇事由が定められており、所定事由があれば懲戒解雇することができる旨定めていた。Y社は同年6月15日、同社で設計業務に従事していた労働者Xが、「得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的担度をとり、上司に暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりした」との理由で、新たな就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用してXを懲戒解雇処分に付した。Xは、本件解雇以前にY社の担当者に対して、自らに適用される就業規則について質問したが、その時点では旧就業規則がXの就労場所に備え付けられておらず、当該担当者は、就業規則は本社に置いてあるから見ることができると回答した。Xは、本件懲戒解雇は就業規則に違反して無効であると主張し、従業員たる地位の確認、未払賃金の支払及び損害賠償を請求した。1審は諸般の事情に照らせばXの解雇はやむを得ないとして、割増賃金の未払部分についての支払のみ認容した。2審は概ね1審を支持したことからXが上告したもの。

(判決の要旨) 
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決=国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決=秋北バス事件)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。 原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容を<Xの勤務している事業場>の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

【裁判例情報】関西電力事件

関西電力事件(昭和58年最高裁第一小法廷判決)

(事実の概要) 
Xは、電力会社であるY社に雇用され、発電所にて勤務する者であった。Xは、昭和44年元旦、Y社の社宅にビラ約350枚を配布した。Y社はXが配布したビラの内容は会社を誹謗・中傷するもので、会社と従業員との間の信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱をもたらすものであって、就業規則78条5号(「その他不都合な行為があったとき」)に該当するとして、Xを譴責処分に付した。Xは譴責処分の無効確認と慰謝料の支払を求めて出訴した。1審は譴責処分の無効確認を認容し、Y社が控訴したところ、2審は譴責処分を有効と判示した。これに対してXが上告したものである。

(判決の要旨) 
案ずるに、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許されるのであり(最高裁昭和49年2月28日第一小法廷判決=国鉄中国支社事件参照)、右のような場合を除き、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、右ビラの内容が大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲してY社を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものであり、右ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあったものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないではなく、その過程に所論の違法があるものとすることはできない。そして、原審の右認定判断に基づき、上に述べ来ったところに照らせば、Xによる本件ビラの配布は、就業時間外に職場外であるY社の従業員住宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、前記就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由としてXに対して懲戒として譴責を課したことは懲戒権者に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。

【裁判例情報】懲戒

◆ 懲戒の根拠

関西電力事件(昭和58年 最高裁第一小法廷判決)
労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課すことができるものとされた。

フジ興産事件(平成15年 最高裁第二小法廷判決)
使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要とされた。

◆ 懲戒の種類・内容と手続

① 注意・戒告・けん責

エスエス製薬事件(昭和42年 東京地裁判決)
就業規則に、譴責等の懲戒処分を行う前に使用者が労働者から始末書の提出を求めうる旨規定していることから、労働者が始末書の提出を拒否したことは「上長の指揮命令に従わず」との事由に該当し、懲戒処分の対象となるものとされた。

福知山信用金庫事件(昭和53年 大阪高裁判決)
「誓約に違背する行為をしたときはいかなる処分を受けても異議を申し立てない」旨の誓約書には包括的な異議申立権の放棄を意味する文言を含んでおり、また、労働者の内心の自由にかかわる問題を含んでいることから、この誓約書を提出しないことをもって企業秩序を紊乱するものとはいえず、懲戒事由とはなりえないものとされた。

JR東日本(高崎西部分会)事件(平成8年 最高裁第一小法廷判決)
就業規則等に規定がなくそれ自体としては直接的な法律効果を生じさせるものではない厳重注意も、労働者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものとして労働者の法的利益を侵害する性質の行為であるとされた。

立川バス事件(平成2年 東京高裁判決)
始末書を取り将来を戒める譴責処分の無効確認の訴えについて、過去の事実関係又は法律関係の確認を求める訴えを起こす必要性は特になく、労働者が当該企業から退職している状況においては、訴えの利益を欠いているとして却下された。

② 停職(出勤停止)

ネッスル事件(平成2年 東京高裁判決)
使用者は(懲戒処分とは異なる)業務命令としての出勤停止(自宅待機)を命じることができるが、労働契約上要請される信義則に照らし、その権限は合理的な制約に服するものとされた。

日通名古屋製鉄作業事件(平成3年 名古屋地裁判決)
懲戒処分に先立って行われる自宅謹慎処分は、それ自体懲戒的性格を持つものではなく、当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令であり、使用者の賃金支払義務は免れないものとされた。

③ 懲戒解雇と退職金

小田急電鉄事件(平成15年 東京高裁判決)
懲戒解雇はやむを得ないものとされたが、懲戒解雇の理由となった行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち一定割合を支給すべきものであるとして、本来の退職金の支給額の3割を支給すべきとされた。

④ 懲戒事由

橋元運輸事件(昭和47年 名古屋地裁判決)
懲戒事由としての「二重就職」について、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものは含まれないとした。

山口観光事件(平成8年 最高裁第一小法廷判決)
懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないとされた。

富士見交通事件(平成13年 東京高裁判決)
懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、それが懲戒解雇の際に告知されなかったとしても、告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種若しくは同じ類型に属すると認められるもの又は密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができるとされた。

⑤ 懲戒事由と懲戒の種類・内容との均衡

京阪神急行電鉄事件(昭和37年 大阪地裁判決)
鉄道会社の改出札業務に従事する労働者が切符の不正販売により金銭を領得した行為は、経営の基礎を揺るがすものであって、懲戒解雇処分は過酷な又は不当な処分とは言いがたいとされた。

ソニー生命保険事件(平成11年 東京地裁判決)
使用者から貸与されたパソコンを質入れした労働者の行為は、「会社の金品等を費消又は流用したとき」との懲戒事由に該当し、使用者の行った懲戒解雇が有効とされた。

日経ビーピー事件(平成14年 東京地裁判決)
労働者が約2箇月間にわたり上司による承認を得ずに欠勤し、使用者からの職務復帰命令に違反した等の行為は、労働者の基本的な義務に反する重大な命令違反であり、重大な非違行為であるから、懲戒解雇は相当な処分であるとされた。

⑥ 懲戒の手続

中央林間病院事件(平成8年 東京地裁判決)
就業規則の定めに反して懲戒委員会を開催せず、これに代替する措置が執られたとも認められないこと等を理由として、懲戒解雇が無効とされた。

⑦ 懲戒解雇と普通解雇との関係

高知放送事件(昭和52年 最高裁第二小法廷判決)
懲戒事由に当たる事実が存在している場合に普通解雇を行うことは可能であり、その際の要件としては普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないとされた。

日本メタルゲゼルシャフト事件(平成5年 東京地裁決定)
懲戒解雇と普通解雇は異なる制度であり、実際上懲戒解雇は普通解雇に比して特別の不利益を労働者に与えることから、懲戒解雇の意思表示を普通解雇の意思表示に転換することは認められないとされた。

岡田運送事件(平成14年 東京地裁判決)
懲戒解雇の意思表示に至る経過に照らして、懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示が内包されている場合があるとされた。

◆ 懲戒権の濫用

ダイハツ工業事件(昭和58年 最高裁第二小法廷判決)
使用者の懲戒権の行使は、具体的事情のもとにおいて、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になるとされ、出勤停止処分に従わず工場内に入り警士を傷害したこと等による懲戒解雇は権利の濫用に当たらないとされた。

炭研精工事件(平成3年 最高裁第一小法廷判決)
経歴の詐称を理由とする懲戒解雇につき、他の情状をあわせ考慮し、懲戒解雇事由としては相当であり、使用者の懲戒権の濫用には当たらないとされた。

七葉会事件(平成10年 横浜地裁判決)
労働者の軽微な過失に対し、使用者が7日間の出勤停止処分を行ったことについて、減給処分にすれば足りるものであり、出勤停止処分は裁量権を逸脱して無効とされた。

三和銀行事件(平成12年 大阪地裁判決)
主として労働条件の改善等を目的とする出版を行うことは、形式的に就業規則所定の懲戒事由に該当するとしても、使用者に対する批判行為として正当であると評価され、労働者に対してなされた戒告処分は懲戒権の濫用とされた。

崇徳学園事件(平成14年 最高裁第三小法廷判決)
法人の事務局の最高責任者が会計処理上違法な行為を行い、法人に損害を与えた行為について、法人が同人を懲戒解雇したことは、客観的にみて合理的理由に基づくものであり、社会通念上相当であるとされた。

◆ 労働者の損害賠償責任の制限

茨石事件(昭和51年 最高裁第一小法廷判決)
使用者の事業の執行につきなされた労働者の加害行為により使用者が損害賠償責任を負担したことに基づき労働者に対して行う求償及び使用者が直接損害を受けたことによる労働者に対する損害賠償請求は、事業の性格、労働者の業務の内容、加害行為の態様等諸般の事情に照らして、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる範囲に限られるとされた。

◆ 留学・研修費用と損害賠償

サロン・ド・リリー事件(昭和61年 浦和地裁判決)
社員が会社の意向を無視して退社するに至った場合、指導訓練に必要な諸経費として講習手数料を支払う旨の合意は、労働基準法第16条に違反して無効とされた。

新日本証券事件(平成10年 東京地裁判決)
「留学後5年以内に自己都合により退職したときは留学費用を返還させる」旨の就業規則の規定について、海外留学後の勤務を確保することが目的であり、留学終了後5年以内に自己都合で退職する労働者に対する制裁の実質を有することから労働基準法第16条に反し無効とされた。

明治生命保険事件(平成16年 東京地裁判決)
「留学終了後5年以内に自己都合退職した場合、留学費用(人件費相当分を除く)を全額返還する」旨の誓約書に基づいて使用者がなした留学費用返還請求が認められた。
 
 

2002年4月16日火曜日

【裁判例情報】中国電力事件

中国電力事件(最高裁平成4年3月3日第三小法廷判決)

(事実の概要)
電力会社であるY社に勤務するXらは、労働組合活動の一環として、就業時間外に職場外においてY社が計画している原子力発電所建設を批判するビラを配布した。Y社は、当該ビラの内容が虚偽であり、ビラの発行及び配布を行なったXらはY社の就業規則に所定する「会社の体面をけがした者」、「故意または重過失によって会社に不利益を及ぼした者」に該当するとして、Xらを懲戒処分(休職2か月1名、同1か月3名、減給半日3名)とした。Xらは懲戒処分の無効確認を求めて出訴したが、1審及び2審は、内容の大部分が虚偽であるビラの配布は正当な組合活動とは言えず、懲戒事由に該当するとしてXらの請求を棄却した。これに対してXらが上告したものである。

(判決の概要) 
労働者が就業時間外に職場外でしたビラの配布行為であっても、ビラの内容が企業の経営政策や業務等に関し事実に反する記載をしまたは事実を誇張、わい曲して記載したものであり、その配布によって企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなどの場合には、使用者は、企業秩序の維持確保のために、右ビラの配布行為を理由として労働者に懲戒を課することが許されるものと解するのが相当である。<中略> 
<ビラの配布行為を懲戒対象とすることは違憲であるとの主張については>本件ビラの配布を理由として懲戒を課することは公序良俗に違反するとして原判決の法令違背をいうに帰するところ、右懲戒権の行使は、Xらの表現の自由を不当に侵害するものとはいえず、また、Xらの思想、信条自体を規制しようとするものでもないから、公序良俗に反するものではない。

【裁判例情報】日本鋼管事件

日本鋼管事件(最高裁昭和49年3月15日第二小法廷判決)

(事実の概要)
製鉄等を業とするY社に工員として勤務していたXらは、在日米軍の立川基地拡張に反対する運動に加担して逮捕、起訴された。Y社は労働協約及び就業規則所定の懲戒解雇事由である「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」に該当するとして、Xらを懲戒解雇とした。XらがY社の労働者たる地位の確認を求めて出訴。1審及び2審はXらの請求を認容したため、Y社が上告したもの。

(判決の要旨) 
従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない
<中略> Xらの前記行為が破廉恥な動機、目的に出たものではなく、これに対する有罪判決の刑も最終的には罰金2,000円という比較的軽微なものにとどまり、その不名誉性はさほど強度ではないこと、Y社は鉄鋼、船舶の製造販売を目的とする会社で、従業員約30,000名を擁する大企業であること、XらのY社における地位は工員にすぎなかったこと等の事実関係を綜合勘案すれば、Xらの行為がY会社の社会的評価を若干低下せしめたことは否定しがたいけれども、会社の体面を著しく汚したものとして、懲戒解雇又は諭旨解雇の事由とするのには、なお不十分であるといわざるをえない。

【裁判例情報】国鉄中国支社事件

国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日第一小法廷判決)

(事案の概要) 
Y(国鉄)の職員であるXが、文部省等が主催する教育課程研究協議会に対する反対運動に参加した際、現地で警察官との衝突があった。その際、警部補Aが、反対運動者が警察官に暴行を加えている場面の写真撮影を部下に命じたところ、その場にいたXは、これに気づいてAを指さし、「こいつを巻き込め」と叫んだ。危険を察知したAが、難を避けようと車道を横断しかけたところ、Xは他の反対運動者とともにこれを追いかけ、逃げ場を失い引き返したAの腰部付近に背後から抱きついて一旦とらえたが、Aはこれを振り切って逃げた。 Xはこの行為につき公務執行妨害罪で起訴され、有罪判決(懲役6ヶ月執行猶予2年)が確定した。その後、Xは、国鉄法第31条1項1号〈懲戒事由として「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」を挙げている。〉及び懲戒事由を定めた国鉄就業規則第66条17号の「著しく不都合な行いのあったとき」に該当する等として免職処分とされた。 なお、Xは、この行為を行った際、他の事件(暴力行為等処罰に関する法律違反)で起訴され、休職中であり、また、本件の所為以前には休職処分が1回、本件の所為後には、懲戒処分が5回の処分歴があった。 原判決は、Xの行為は懲戒事由に該当するが、免職処分に処するのは相当とはいえず、無効としている。

(判決の要旨) 
使用者がその雇傭する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰である。従業員は、雇傭されることによって、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなくてはならない。ところで、企業秩序の維持確保は、通常は、従業員の職場内又は職務遂行に関係のある所為を対象としてこれを規制することにより達成しうるものであるが、必ずしも常に、右の所為のみを対象とするだけで充分であるとすることはできない。すなわち、従業員の職場外でされた職務遂行に関係のない所為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となりうることは明らかであるし、また、企業は社会において活動するものであるから、その社会的評価の低下毀損は、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれなしとしないのであって、その評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるがごとき所為については、職場外でされた職務遂行に関係のないものであっても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうるといわなければならない。そして、Yのように極めて高度の公共性を有する公法上の法人であって、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであって、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているのであるから、このような社会からの評価に即応して、その企業体の一員であるYの職員の職場外における職務遂行に関係のない所為に対しても、一般私企業の従業員と比較して、より広い、かつ、より厳しい規制がなされうる合理的な理由があるものと考えられるのである。 

原審確定の本件所為は、職場外でされた職務遂行に関係のないものではあるが、公務執行中の警察官に対し暴行を加えたというものであって、著しく不都合なものと評価しうることは明らかであり、それがYの職員の所為として相応しくないもので、Yの前述の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認めることができるものであるから、国鉄法31条1項1号及びそれに基づく国鉄就業規則66条17号所定の事由に該当するものというべく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができるのである。

〈本件行為は公務執行妨害にあたる重要な犯罪行為であること、具体的な態様も積極性が認められること、情報収集という公務執行に対する具体的な侵害を伴っていることが窺われること、有罪判決が確定していること、過去の処分歴等の諸事情を総合考慮すると、〉本件免職処分の時期が本件所為の時点から隔たりのあること、Yの職員で公職選挙法違反の罪により、確定の有罪判決を受けた者があるが、その者が免職処分となった例はないことなどXの主張事実を斟酌し、更に、免職処分の選択にあたって特別に慎重な配慮を要することを勘案しても、Yの総裁がXに対し、本件所為につき免職処分を選択した判断が合理性を欠くものと断ずるに足りないものというほかはなく、本件免職処分は裁量の範囲を超えた違法なものとすることはできない。

【裁判例情報】横浜ゴム事件

横浜ゴム事件(最高裁昭和45年7月28日第三小法廷判決)

(事実の概要)
タイヤ製造を業とするY社の作業員であったXは、終業後に飲酒した上で他人の居宅に侵入し、住居侵入罪に問われ、罰金2,500円に処せられた。その後Xの犯行や逮捕の事実が噂として広まり、Y社の労働者の相当数もこの噂を耳にした。Y社は賞罰規則所定の「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」に該当するとして、Xを懲戒解雇とした。XはY社の労働者である地位の確認を求めて出訴。1審及び2審はXの請求を認容。これに対してY社が上告したもの。

(判決の要旨) 
賞罰規則の規定の趣旨とするところに照らして考えるに、問題となるXの行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行なわれたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2,500円の程度に止まったこと、Y社におけるXの職務上の地位も工員ということで指導的なものでないことなど原判示の諸事情を勘案すれば、Xの右行為が、Y社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらないというのほかはない。

【裁判例情報】明治乳業事件

明治乳業事件(最高裁昭和58年11月1日第三小法廷判決)

(事実の概要)
食品製造等を業とするY社の工場に勤務するXは、国政選挙に関連した政治的内容を含むビラ60枚余を、休憩時間に工場食堂において2回にわたり配布した。Y社の就業規則では、「会社内で業務外の集合又は掲示、ビラの配布等を行なうときは予め会社の許可を受け所定の場所で行なわなければならない」と定められていたが、XはY社の許可を受けていなかった。Xは工場長からビラの配布を行わないよう注意されたが、本件ビラは許可を要しないものであると反論し、ビラを配布した。Y社はXの行為を就業規則中の「会社の諸規定或は労働協約に違反したとき」、「正当な理由なくして上司の命令に従わないとき」に該当するとして、Yを戒告処分に付した。Xは、本件処分の無効の確認を求めて出訴。1審及び2審はXの主張を認めたため、Y社が上告したもの。

(判決の要旨) 
Xの本件ビラ配布は、許可を得ないで工場内で行われたものであるから、形式的にいえば就業規則の条項等に違反するものであるが、右各規定は工場内の秩序の維持を目的としたものであることが明らかであるから、形式的に右各規定に違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右各規定の違反になるとはいえないと解される(電電公社目黒電報電話局事件最高裁判決参照)。
そして、前記のような本件ビラの配布の態様、経緯及び目的並びに本件ビラの内容に徴すれば、本件ビラの配布は、工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合に当たり、右各規定に違反するものではないと解するのが相当である。 したがって、右と同旨に出てXに対する本件戒告処分を無効とした原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。

【裁判例情報】国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件

国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決)

(事実の概要)
Y(国鉄)の労働組合員であるXらは、春闘に向けたアピールのために、旅客が立ち入らない場所に備え付けられたロッカー約300個に、縦40cm、横13cmのビラを1枚から2枚ずつセロハンテープで貼付した。Yは組合に対して、組合掲示板以外の場所に文書を掲示することを禁じていたため、Xらの行動に対してもこれを現認した駅助役らが制止したが、Xらはこの制止に従わなかった。よってYはXらを就業規則所定の懲戒事由に該当するとして戒告処分に付した。Xらは当該処分の無効の確認を求めて出訴した。1審はXらの請求を棄却したが、2審はXらの行為がYの業務を阻害しなかったことを重視し、ビラ貼りの正当性を認め、Yの処分を無効とした。これに対してYが上告したものである。

(判決の要旨) 
思うに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行なうものであって、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、または具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。
 
本件ビラの貼付が行われたロッカーはYの所有し管理する物的施設の一部を構成するものであり、Yの職員は、その利用を許されてはいるが、本件のようなビラを貼付することは許されておらず、また、Xらの所属する国労も、Yの施設内にその掲示板を設置することは認められているが、それ以外の場所に組合の文書を掲示することは禁止されている、というのであるから、Xらが、たとえ組合活動として行う場合であっても、本件ビラを右ロッカーに貼付する権限を有するものでないことは、明らかである。<中略>
Xらの本件ビラ貼付行為は、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保しうるように当該施設を管理利用する使用者の権限を侵し、Yの企業秩序を乱すものとして、正当な組合活動であるとすることはできず、これに対しXらの上司が既述のようにその中止等を命じたことを不法不当なものとすることはできない。
そして、日本国有鉄道法31条1項1号は、職員がYの定める業務上の規程に違反した場合に懲戒処分をすることができる旨を定め、これを受けて、Yの就業規則66条は、懲戒事由として「上司の命令に服従しないとき」(3号)、「その他著しく不都合な行いのあったとき」(17号)と定めているところ、前記の事実によれば、Xらは上司から再三にわたりビラ貼りの中止等を命じられたにもかかわらずこれを公然と無視してビラ貼りに及んだものであって、Xらの各行動は、それぞれYの就業規則66条3号及び17号所定の懲戒事由に該当するものというべきである。

【裁判例情報】東谷山家事件

東谷山家事件(福岡地裁小倉支部平成9年12月25日決定

(事実の概要)
一般貨物運送等を業とするY社にトラック運転手として業務に従事していたXが、髪の色を黄色く染めて勤務していたことに対して、Y社の課長Aが取引先から好ましくないとの連絡があったことを理由としつつ、Xに対して髪の色を元に戻すよう指示した。これに対してXは、髪の色で干渉するのはおかしい、自然に髪の色は戻るからいいではないかと反論した。AはXに始末書の提出と理髪店での黒髪への染色を指示したが、Xは始末書の提出を拒み、自ら染髪料を用いて少し茶色が残る程度に髪を染め直した。Aは、Xに対して「就業規則に基づき諭旨解雇とする」旨通告した。Xは、Y社の労働者であること及び賃金の支払を求めて仮処分申請を行った。

(決定の要旨)
一般に、企業は、企業内秩序を維持・確保するため、労働者の動静を把握する必要に迫られる場合のあることは当然であり、このような場合、企業としては労働者に必要な規制、指示、命令等を行うことが許されるというべきである。しかしながら、このようにいうことは、労働者が企業の一般的支配に服することを意味するものではなく、企業に与えられた秩序維持の権限は、自ずとその本質に伴う限界があるといわなければならない。特に、労働者の髪の色・型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、企業が企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合、その制限行為は無制限に許されるものではなく、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内にとどまるものというべく、具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されるものと解するのが相当である
<中略>以上要するに、Xが頭髪を黄色に染めたこと自体がY社の就業規則上直ちにけん責事由に該当するわけではなく(Xもこのような主張をしているとは解されない。)、上司の説得に対するXの反抗的態度も、すでにみたように、Y社側の「自然色以外は一切許されない」とする頑なな態度を考慮に入れると、必ずしもXのみに責められる点があったということはできず、Xが始末書の提出を拒否した点も、それが「社内秩序を乱した」行為に該当すると即断することは適当でない。<中略>いずれにしても、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効というべきである。

【裁判例情報】日立物流事件

日立物流事件(浦和地裁平成3年11月22日判決)

(事実の概要)
物流会社のY社に勤務するXは引っ越し作業に従事していたが、Aの引っ越し作業を行なった際にAの財布が紛失したことから、Yの営業所長であるBは、当該作業に従事した労働者Xらの所持品を机の上に提出するよう指示し、また、Xらの身体に触れる検査を実施した(その後、Aの財布はAにより発見された)。Xは、労働協約で定められていない業務上の義務を強制させられ、名誉、信用及びプライバシーを侵害されたとして、不法行為(使用者責任)による損害賠償を請求した。

(判決の要旨) 
使用者がその企業の従業員に対して行う所持品検査は、従業員の基本的人権に密接に係わる事柄であるため、その実施に当たっては常に被検査者の名誉、信用等の人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業にとって必要かつ効果的な措置であるとしても、当然に適法視されるものではない。右所持品検査が適法といえるためには、少なくともこれを許容する就業規則その他明示の根拠に基づいて行われることを要するほか、さらに、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。 
これを本件についてみるに、<証拠略>によれば、Yにおいては、本件のような引っ越し作業員の所持品検査について、これを許容する就業規則その他明示の根拠規定は存在しないことが認められる。したがって、Bの行った本件身体検査を含む本件所持品検査は、この点で既に違法であると言わざるをえない。

【裁判例情報】イースタン・エアポートモータース事件

イースタン・エアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日判決)

(事実の概要)
Xは、ハイヤーによる運送業を営むY社に運転手として勤務していたが、口ひげをたくわえていた。YはXに対して、Y社の「乗務員勤務要領」中の「ひげを剃ること」との規定に基づき、「次の乗務までにひげを剃るように。ひげを剃らない場合はハイヤー乗車業務に就かせない」と命じた。しかしXはこれに従わなかったことから、YはXをハイヤーに乗車させず、事業所内に待機することを命じた。Xは、労働契約上ひげを剃ってハイヤーに乗務する労働契約上の義務がないことの確認及び事業所内に待機を命じられた間の賃金の支払を求めて出訴した。

(判決の要旨) 
口ひげは、服装、頭髪等と同様もともと個人の趣味・嗜好に属する事柄であり、本来的には各人の自由である。しかしながら、その自由は、あくまでも一個人としての私生活上の自由であるにすぎず、労働契約の場においては、契約上の規制を受けることもあり得るのであり、企業に対して無制約な自由となるものではない。すなわち、従業員は、労働契約を締結して企業に雇用されることに伴い、労働契約に定められた労働条件を遵守し、その義務を履行することは当然である。従って、企業が、企業経営の必要上から容姿、口ひげ、服装、頭髪等に関して合理的な規律を定めた場合<中略>、右規律は、労働条件の一となり、社会的・一般的に是認されるべき口ひげ、服装、頭髪等も労働契約上の規制を受け、従業員は、これに添った労務提供義務を負うこととなる。 
<諸般の事情を考慮すると>Y社は、右「乗務員勤務要領」の「ヒゲをそる」旨の箇条により従業員の口ひげをも一般的かつ一律に規制し得ると考えていたか否か甚だ疑問であるといわざるを得ない。むしろ、Y社は、ハイヤー運転手に端正で清潔な服装・頭髪あるいはみだしなみを要求し、顧客に快適なサービスの提供をするように指導していたのであって、そのなかで「ヒゲをそること」とは、第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当である。従って、「乗務員勤務要領」にもとづいてXの口ひげを規制すべく本件業務命令を発したとするY社の主張は理由がない。<中略> 以上のとおり、XのY社に対する本訴請求は、髭をそってハイヤーに乗務する労働契約上の義務のないことの確認を求める限度で理由があるのでこれを認容する。

【裁判例情報】電電公社目黒電報電話局事件

電電公社目黒電報電話局事件(最高裁昭和52年12月13日第三小法廷判決)

(事実の概要) 
Xは、通信業の公社であるY社の職員であったが、昭和42年6月16日から同月22日までの間、継続して「ベトナム侵略反対・米軍立川基地拡張阻止」と書かれたプレートを胸に着用して勤務した。YはXに対して数度にわたりプレートの取りはずしを命令したが、Xはこれに従わず、更にYの命令に抗議するため、同月23日、Yの管理責任者の許可を受けずに、職場内の休憩室及び食堂で抗議ビラ数十枚を配付した。YはXの行為が、Y社就業規則の「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない」、「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配付その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない」との定めに違反し、同規則所定の懲戒事由にそれぞれ該当するとして、Xを懲戒戒告処分に付した。 これに対しXは、Y社の就業規則の規定は違憲・無効であり、懲戒戒告処分は懲戒権の濫用によるものであると主張して、本件処分の無効確認を求めて出訴した。1審及び2審判決はXの主張を認めたことから、Yが上告したもの。

(判決の要旨) 
一般私企業においては、元来、職場は業務遂行のための場であって政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行なわれるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行なう従業員がある場合にはその労務提供義務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であっても休憩時間中に行なわれる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがって、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許されるべきであり、特に、合理的かつ能率的な経営を要請される公社においては、同様の見地から、就業規則において<政治活動を規制する>規定を設けることは当然許されることであって、<政治活動を規制する>公社就業規則の規定も、本質的には、右のような趣旨のもとに定められていると解されるのが相当である。 

<日本電信電話公社法>34条2項は「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、Xの勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行ったものであって、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかったとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであったといわなければならない。
 
公社就業規則5条6項の規定は休憩時間中における行為についても適用されるものと解されるが、局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、休憩時間中であっても、局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後の作業能率を低下させるおそれがあって、その内容いかんによっては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるのであるから、これを局所管理者の許可にかからせることは、前記のような観点に照らし、合理的な制約ということができる。本件ビラの配布は、その態様において直接施設の管理に支障を及ぼすものでなかったとしても、前記のように、その目的及びビラの内容において上司の適法な命令に対し抗議をするものであり、また、違法な行為をあおり、そそのかすものであった以上、休憩時間中であっても、企業の運営に支障を及ぼし企業秩序を乱すおそれがあり、許可を得ないでその配布をすることは公社就業規則5条6項に反し許されるべきものではないから、これをとらえて懲戒処分の対象とすることは許される。

【裁判例情報】西日本鉄道事件

西日本鉄道事件(最高裁昭和43年8月2日第二小法廷判決)

(事実の概要) 
Xは陸上運輸業のY社の従業員であったが、Y社の実施した所持品検査において脱靴を拒否した行為が、就業規則に定める「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない」との規定に違反し、同規則の「職務上の指示に不当に反抗し……職場の秩序を紊(みだ)したとき」に該当するとして、懲戒解雇された。 
Xは懲戒解雇の無効を主張して出訴。1審及び2審は、所持品検査は方法、個所等にある程度の制限はあるが、本件においては不当に労働者の人権を侵害するものではないとしてXの請求を棄却した。これを不服としてXが上告したものである。

(判決の要旨) 
使用者がその企業の従業員に対して金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なう、いわゆる所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であって、その性質上つねに人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業の経営・維持にとって必要かつ効果的な措置であり、他の同種の企業において多く行われるところであるとしても、また、それが労働基準法所定の手続を経て作成・変更された就業規則の条項に基づいて行なわれ、これについて従業員組合または当該職場従業員の過半数の同意があるとしても、そのことの故をもって、当然に適法視されうるものではない。問題は、その検査の方法ないし程度であって、所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。<中略>
 
脱靴を伴う靴の中の検査は、所論のごとく、ほんらい身体検査の範疇に属すべきものであるとしても、<Y社においてはかねてから乗務員による乗車賃の不正隠匿を摘発、防止するため、組合との協議により所持品検査の際には靴を脱いでこれを行う旨申し合わせがなされている等の事情のもとにおいては、>就業規則8条所定の所持品検査には、このような脱靴を伴う靴の中の検査も含まれるもの解して妨げなく、Xが検査を受けた本件の具体的場合において、その方法や程度が妥当を欠いたとすべき事情の認められないこと前述のとおりである以上、Xがこれを拒否したことは、右条項に違反するものというほかはない。また、就業規則58条3号にいう「職務上の指示」について、所論のごとく脱靴を伴う所持品検査を受けるべき旨の指示をとくに除外する合理的な根拠は見出し難い。そして、懲戒解雇処分にいたるまでの経緯、情状等に関する原審確定の事実に徴すれば、Xの脱靴の拒否が就業規則58条3号所定の懲戒解雇事由に該当するとした原審の判断も、所論の違法をおかしたものとは認めえない。原判決には叙上と理由を異にする点はあるが、その結論は正当であり、論旨は、排斥を免れない。

【裁判例情報】富士重工業事件

富士重工業事件(最高裁昭和52年12月13日第三小法廷判決)

(事実の概要) 
Y社は、Y社の労働者である訴外AらがY社内において就業時間中上司に無断で職場を離脱し、原水爆禁止運動の署名を求めたり、同運動の資金調達のためにハンカチの作成を依頼したり、あるいはこれを販売したりするなど、就業規則に違反する行為をしたとして、事実関係の調査に乗り出し、労働者Xに対して、事実関係を明確に把握することを目的に、事情聴取を行った。事情聴取においてXは一部の質問に対する回答を拒否したことから、Yは、Xの行為が就業規則に定める「従業員は上長の指示に従い上長の人格を尊重して互に協力して職場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなければならない」、「従業員は秩序を維持し業務の運行を円滑にするため次の事項を守らなければならない。1 会社の諸規則、命令を守ること」との規定に違反するとして、Xを譴責処分とした。 
Xは、Y社内に設置された苦情処理委員会に対して苦情申立てを行ったが棄却された。そこでXは、譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認を求めた。1審判決はXの請求を認めたが、2審判決はXの請求を棄却した。これを不服としてXが上告したものである。

(判決の要旨) 
企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。しかしながら、企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに、労働者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負っているものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。 
<上記の観点に立って考えれば>当該労働者が他の労働者に対する指導、監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であって、右調査に協力することがその職務の内容となっている場合には、右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の場合には、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはないものと解するのが、相当である。

【裁判例情報】服務規律

富士重工業事件(昭和52年 最高裁第三小法廷判決)
企業秩序は企業の存立と事業の円滑な運営のために必要不可欠であって、企業はこれを維持するために必要な事項を定めることができ、労働者は労働契約に付随して企業秩序遵守義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものではないとされた。

◆ 労働の遂行に関する規律

西日本鉄道事件(昭和43年 最高裁第二小法廷判決)
企業が労働者の所持品検査を行うに当たっては、就業規則上の根拠規定の存在や労働者の過半数を代表する者の合意により当然に適法視されるものではなく、これを必要とする合理的理由にもとづいて、一般的に妥当な方法と程度で、労働者に対して画一的に実施されることが必要とされた。

電電公社目黒電報電話局事件(昭和52年 最高裁第三小法廷判決)
使用者が企業秩序維持の見地から就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許され、政治活動として行われた労働者の勤務時間中のプレートの着用行為は、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の企業秩序を乱すものとされた。

イースタン・エアポートモータース事件(昭和55年 東京地裁判決)
使用者は、企業経営の必要上から容姿、頭髪等に関して合理的な規律を定めることができ、この規律は労働条件の一つとなって、労働者はこの規律に沿った労務を提供しなければならないものとされたが、乗務員勤務要領の「ヒゲをそる」旨の条項で規律されるのは、不快感を伴う「無精ひげ」や「異様、奇異なひげ」であって、本件労働者の口ひげはこれに該当しないとされた。

日立物流事件(平成3年 浦和地裁判決)
使用者が労働者に対して行う所持品検査は、これを行う就業規則等の根拠規定が必要で、さらに、これを必要とする合理的理由に基づき、一般的に妥当な方法と程度で、職場の全労働者に対して画一的に実施される必要があるとされた。

東谷山家事件(平成9年 福岡地裁小倉支部決定)
使用者は企業秩序維持のための措置を講ずることができるが、その権限はおのずとその本質に伴う限界があり、労働者の髪の色、服装等に対する制限は、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内にとどまるべきであるとされた。

◆ 企業施設の管理に関する規律

国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件(昭和54年 最高裁第三小法廷判決)
企業は、職場環境を適正良好に保持し、規律ある業務運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を定め、指示、命令することができ、これに違反する行為をする者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発することができるとされ、使用者の労働者に対するロッカーへのビラ貼付の中止命令が正当とされた。

明治乳業事件(昭和58年 最高裁第三小法廷判決)
形式的に就業規則の規定に違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、規定の違反になるとはいえず、本件ビラの配布の態様、経緯及び目的並びに本件ビラの内容に徴すれば、本件ビラの配布は、工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合に当たり、就業規則の規定に違反するものではないとされた。

◆ 企業外の行動に関する規律

横浜ゴム事件(昭和45年 最高裁第三小法廷判決)
工員たる労働者が終業後に飲酒・泥酔し他人の居宅に侵入して起訴され、罰金刑を受けたことをもって「会社の体面を著しく汚した」とまではいえず、懲戒解雇事由にはあたらないとされた。

国鉄中国支社事件(昭和49年 最高裁第一小法廷判決)
職場外でなされた行為であっても、企業の社会的評価の低下・毀損につながるおそれがあると客観的に認められる場合は、企業秩序の維持確保のためにこれを規制することが許される場合があるとされ、警察官に暴行を加え公務執行妨害罪が確定したことは懲戒事由に該当し、免職処分は裁量の範囲を超えた違法なものではないとされた。

日本鋼管事件(昭和49年 最高裁第二小法廷判決)
労働者が在日米軍に対する反対行動により起訴され、罰金刑を受けたことをもって「会社の体面を著しく汚した」とまではいえず、懲戒解雇事由にはあたらないとされた。

中国電力事件(平成4年 最高裁第三小法廷判決)
労働者が就業時間外に職場外で行ったビラの配布行為についても、その内容が企業の業務等に関し事実に反する記載等をしたもので、企業の円滑な運営に支障を来たすおそれがある等の場合には、使用者は企業秩序維持のために当該行為を理由として懲戒処分を行うことが許されるとされた。
 
 

2002年4月15日月曜日

【裁判例情報】済生会・東京都済生会中央病院(定年退職)事件

済生会・東京都済生会中央病院(定年退職)事件(東京高裁平成12年12月25日判決)

(事案の概要) 
Yは、その支部であるAにおいて、Xを雇用して、B病院の事務局次長に任命し、その後A参事の資格を付与し、更にB病院の総務部長に任命した。そして、B病院に勤務する職員につきB病院就業規則が定年として定める60歳にXが達したので、Xを定年扱いとした。 これに対し、Xは、参事はAの管理職の職位であり、参事の定年は、A就業規則が管理職の定年として定める70歳であること等を主張し、定年退職したことを争うこととした。

(判決の要旨)
〈本件雇用契約を規律する就業規則について〉 
就業規則は、企業経営の必要上労働条件を統一的、かつ、画一的に決定するものであるが、企業における個々の事業場を単位として作成、届出がされるものであり(労働基準法89条、90条、92条参照。なお、労働組合法17条参照)、それが合理的な労働条件を定めているものである限り法的規範としての性質を認められる(最高裁判所昭和43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉)。したがって、同一企業であっても、事業場が異なるのであればそれぞれ異なる内容の就業規則を制定することは可能であるが、それぞれ合理的な労働条件を定めているものであることを要するし、就業規則の規定内容が異なることが取りも直さず労働基準法3条、4条に違反することとなるのであれば、その部分が無効となるというべきである。なお、退職に関する事項が就業規則の必要的記載事項とされている(労働基準法89条3号)ことからすると、各事業場の就業規則で異なる定年年齢を定めること自体は許されると解するのが相当である。 
同一企業の複数の事業場にそれぞれ異なる内容の就業規則が制定されている場合に、その複数の事業場の職務を兼務している労働者がいるときは、各就業規則の中に適用関係を調整する規定が設けられていればそれに拠ることになるが、調整規定が設けられていない場合には、ある事業場の職務に関しては当該事業場の就業規則が適用になるのが原則であると解するのが相当である。ただ、右原則を適用した結果不合理な事態が生じるような場合、あるいは、複数の事業場の職務が明確に区別できないような場合等には、各就業規則の合理的、調和的解釈により、その労働者に適用すべき規定内容を整理、統合して決定すべきである。 
本件雇用契約締結当時、A就業規則には、管理職につき70歳、それ以外の職員につき60歳という定年条項があり、B病院旧就業規則には、解雇事由として「老齢により爾後業務に耐えられないと認めたとき」を掲げていただけで、定年に関する規定はなかったから、定年に関する両者の規定は異なっていた。ただ、B病院旧就業規則は、右の解雇事由を掲げていたことからも明らかなとおり、定年に関して規定していなかったからといって、B病院に勤務する職員について終身雇用を保障する趣旨であったわけではなく、むしろ、B病院に勤務する職員についてはB病院従業員組合との間で昭和44年5月16日にB病院の常勤職員の定年を満60歳と定める労働協約が締結され、昭和45年5月16日から施行されていたのであるから、同年10月16日に改正、施行されたB病院旧就業規則は、右労働協約による定年制の規律に服することを当然のこととしつつ(労働基準法92条、労働組合法16条参照)、右労働協約の規範的効力及び労働組合法17条所定の要件を満たすとすればその一般的拘束力による定年制の規律に反しない限りにおいて、個別の雇用契約によって定年が合意され、あるいは定年制を内容とする労使慣行が形成されることを許容する趣旨であったと解するのが相当である。(なお、就業規則に優先する効力を有する労働協約によって定年制が導入されるのは当然のことである。)。そして、Xが60歳に達した平成9年2月11日の時点では、B病院就業規則が60歳(管理職を含めるか否かにつき争いがあるが、B病院就業規則30条の文言に照らし、管理職も含まれるものと解するのが相当である。)の定年条項を規定するに至っていた。 
したがって、Xは、原則として、参事としてはA就業規則の適用を受け、70歳(管理職)又は60歳(管理職以外の職員)で定年となり、B病院総務部長としてはB病院就業規則の定年条項がXにも適用されるとすると60歳で定年となる。〈A就業規則上、何が管理職に当たるか列挙されており、そこに参事が含まれていないことを認めた上で、参事の定年は60歳であるとした。〉 
以上のとおり、A事務局の参事の定年は60歳であり、また、60歳定年を定めるB病院就業規則がXに適用になるとすると、Xは、60歳でYを定年退職したことになる。

〈60歳定年条項の作成はB就業規則の不利益変更に当たるか〉 
60歳定年制は、遅くとも平成3年12月4日には労使慣行になっていたというべきである。 そうすると、B病院就業規則で60歳定年を定めたことは就業規則の不利益変更に当たらず、Xにも適用される。

【裁判例情報】大興設備開発事件

大興設備開発事件(大阪高裁平成9年10月30日判決)

(事案の概要) 
Yにおいては、正社員の他に、年齢が60歳を超え、年金を受給しながら働く高齢の従業員(高齢者)とパートタイムの従業員を雇用していた。 Yが、平成6年12月に労働基準監督署に届け出た本件就業規則は、規定の上で、適用対象を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されてもいなかった。本件就業規則には、従業員が退職したときは退職金を支給する、ただし、勤続3年未満の者については退職金を支給しない旨の定めがある。 Yに雇用された当時すでに60歳を超えていたXは、退職後、Yに対して退職金の支払を請求した。 なお、Yは、Xから訴訟を提起された後に、正社員を対象とする就業規則と高齢者及びパートタイム従業員を対象とする就業規則の2つを制定しており、後者には、高齢者及びパートタイム従業員に対しては退職金を支給しない旨の定めがある。

(判決の要旨)

 まず、本件就業規則が高齢者に適用されるかどうかについて検討する。 先にみたとおり、昭和58年から平成7年までの間、平成6年12月に制定された本件就業規則及びそれ以前の旧就業規則は、いずれも適用対象を正社員と高齢者に分けて規定しておらず、規定の内容も従業員全般に及ぶものとなっていたのであり、本件就業規則の中には高齢者及びパートタイムの従業員にも本件就業規則が適用されることを前提とした第6条5項(〈高齢者中途採用は、別途定めるものとする。〉)、第20条1項(〈短時間労働者の年次有給休暇については別に定める。〉)の規定がある。したがって、本件就業規則は高齢者にも適用されると解するのが相当である。 Yは、本件就業規則を高齢者やパートタイムの従業員を除く正社員に適用することを念頭に置いていたので、制定に当たり、正社員には説明会を開き、代表者の意見を聞き、できあがった規則を正社員に見せたが高齢者には示していないと主張する。しかし、就業規則には法的規範性が認められており、本来的に労働条件の画一的、統一的処理という点にその本質があり、それ故に合理性をもつものといえるから、その解釈適用に当たり就業規則の文言を超えて使用者であるYの意思を過大に重視することは相当ではない。したがって、Y主張のような事情があるとしても、先にみたとおり、平成8年1月に至るまでは高齢者やパートタイムの従業員に適用される就業規則が別に定められていたものでもなく、本件就業規則の規定の内容が従業員全般に及ぶものとなっていて、高齢者には適用しないという定めはないのであるから、本件就業規則は高齢者であるXにも適用されると解するのが相当である。 
もっとも、Yにおいては、高齢者の賃金を年金受給の障害にならないように低額に抑え、それに関連して諸手当、勤務日数等についても正社員とは異なる取扱をしており、このような取扱は年金を受給している高齢者の立場からも是認されるものであるから、不合理な差別ということにはならないのであって、賃金、諸手当の抑制、月間勤務日数の限定などの必要から、本件就業規則の各条項が高齢者に全面的に適用されるものとはいえず、事柄によっては適用されない事項があるというべきである。

 そこで次に、本件就業規則中の退職金に関する定めがXに適用されるかどうかについて検討する。 先にみたとおり、本件就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続3年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、退職金は基本給と勤続年数を基礎にして算出される定めとなっており、Xについても右定めによって退職金を計算することが可能であることが認められる。そして、Xは、他の会社で働き60歳に達し、年金を受給できるようになってからYに採用された者であり、60歳時にYから退職金を支給された者ではない。このような事実関係のほかに、就業規則によって支給条件を定められた退職金には賃金という性質があることを否定できないこと、退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を低額に抑えるという要請を受けないことを併せ考えると、高齢者であるXについて、本件就業規則の退職金の定めを適用できないと解すべき根拠はないというべきである。 そうすると、本件就業規則中の退職金に関する定めは高齢者であるXにも適用されると解するのが相当である。

【裁判例情報】トーコロ事件

トーコロ事件(最高裁平成13年6月22日第二小法廷判決)

(事案の概要) 
Yと「会員相互の親睦と生活の向上、福利の増進を計り、融和団結の実をあげる」ことを目的とする親睦団体の代表者であるAとの間で36協定が結ばれていた。Yが、これに基づいて残業命令を行ったところ、Xは拒否した。Yはこのことを理由にXを解雇した。

(判決の要旨) 
原判決に所論の違法はない。

(原判決の要旨) 
いかなる場合に使用者の残業命令に対し労働者がこれに従う義務があるかについてみるに、労働基準法32条の労働時間を延長して労働させることに関し、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる36協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に右36協定の範囲内で一定の義務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成3年11月28日判決〈日立製作所事件〉)。そして、右36協定は、実体上、使用者と、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との間において締結されたものでなければならないことは当然である。 
ところで、本件36協定は、平成3年4月6日に所轄の足立労働基監督署に届け出られたものであるが、協定の当事者は、Yと「労働者の過半数を代表する者」としての「営業部A」であり、協定の当事者の選出方法については、「全員の話し合いによる選出」とされ〈ていた〉。 
そこで、Aが「労働者の過半数を代表する者」であったか否かについて検討するに、「労働者の過半数を代表する者」は当該事業場の労働者により適法に選出されなければならないが、適法な選出といえるためには、当該事業場の労働者にとって、選出される者が労働者の過半数を代表して36協定を締結することの適否を判断する機会が与えられ、かつ、当該事業場の過半数の労働者がその候補者を支持していると認められる民主的な手続がとられていることが必要というべきである(昭和63年1月1日基発第1号参照)。 
この点について、Yは、Aは「友の会」の代表者であって、「友の会」が労働組合の実質を備えていたことを根拠として、Aが「労働者の過半数を代表する者」であった旨主張するけれども、「友の会」は、原判決判示のとおり、役員を含めたYの全従業員によって構成され(規約1条)、「会員相互の親睦と生活の向上、福利の増進を計り、融和団結の実をあげる」(規約2条)ことを目的とする親睦団体であるから、労働組合でないことは明らかであり、このことは、仮に「友の会」が親睦団体としての活動のほかに、自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的とする活動をすることがあることによって変わるものではなく、したがって、Aが「友の会」の代表者として自動的に本件36協定を締結したにすぎないときには、Aは労働組合の代表者でもなく、「労働者の過半数を代表する者」でもないから、本件36協定は無効というべきである。 
以上によると、本件36協定が有効であるとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、それを前提とする本件残業命令も有効であるとは認められず、Xにこれに従う義務があったとはいえない。

【裁判例情報】ソニー・ソニーマグネプロダクツ事件

ソニー・ソニーマグネプロダクツ事件(東京地裁昭和58年2月24日判決)

(事案の概要) 
Y社の就業規則には、従業員が3ヶ月間又は1ヵ年間精勤し、勤怠の事故が無かった場合(以下精勤という)には、会社は、3ヶ月精勤のときは3日、1ヵ年精勤のときは10日の日数に相当する褒賞を行い、その範囲内で希望する日数の褒賞休暇又は褒賞金を支給する。ただし、褒賞金の場合の1日分は超過勤務手当8時間相当分とする旨の規定がある。 
Y社は、これまで、褒賞の保有日数に上限は設けてこなかったが、就業規則の変更により、年間発生日数(19日)を超える日数については、毎年3月に褒賞金として精算することとした。 
Yの従業員であるXは、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することのできる地位の確認を求めた。

(判決の要旨) 
長期間にわたり、Yら会社は、従業員一般又は労働組合に対し、従業員が褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることを前提とした種々の言動を行い、また、従業員一般に対し、褒賞について右のごとき取扱いを継続してきており、従業員一般も右取扱いを是認してきたのであるから、右取扱いは、従業員一般に対する一種の規範として制度的に就業規則に定めのない部分を補足し規律する役割をはたす労働慣行を形成し、従業員は右の労働慣行上、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を認められ、これを有していたものと解するのが相当であり(右労働慣行は、従業員一般に対する一種の規範として労働条件を規律していたにすぎないものと解されるので、右地位は、黙示的にも個別的な労働契約の内容にはなっていなかったものというべきである。)、選定者Xらも、従業員の一員として、右地位を有していたものと認められる。 そこで、本件就業規則の変更の効力が選定者Xらに及ぶかをどうかについて判断する。 
使用者は、就業規則の変更によって、労働者の既得の権利・利益を奪い、或いは労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該変更が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである。そして、右合理性を考えるにあたっては、労働者が就業規則変更前に享受していた権利・利益の性質及びその内容、就業規則変更の必要性、変更内容、変更により労働者の被る不利益の程度、規則変更前の制度それ自体の合理性、不利益変更に伴う見返り措置の有無及びその内容、変更に至るまでの使用者と労働者との交渉の経緯等諸般の事情を総合考慮するべきである。そこで、以下、右諸般の事情について考察する。 
Yら会社の従業員が本件規則変更前に享受していた利益は、使用者が一定の取扱いを事実上継続してきたことにより慣行上認められた地位から生じたものにすぎないこと、また右利益は基本的な労働条件に関するものであるということはできないこと、本件規則変更により従業員が被る不利益は必ずしも重大なものとはいえないこと、本件規則変更は、必ずしもその経済的必要性がないということはできないこと、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを発生(精勤)時期とはかけはなれた時点で褒賞休暇として使用することができるという本件規則変更前の制度は、あまり合理的ではないこと、本件規則変更には見返り措置があり、従業員は本件規則変更により被る不利益をこの見返り措置により相当程度補うことができること、Yら会社は、褒賞の保有日数の制限に関し、労働組合との交渉を重ね、その結果、5労組とはその旨の合意に達したこと、従業員の多くは本件規則変更を了承していること及びYら会社の本件規則変更当時の労働条件は電機業界の他社と比べて良好であったことを総合すると、本件規則変更にはやむをえないと是認しうる合理性があるという事ができる(〈中略〉)。 
したがって、本件規則変更の効力は選定者Xらに及ぶ。 よって、選定者Xらは、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を本件規則変更により失ったということができる。

【裁判例情報】有限会社野本商店事件

有限会社野本商店事件(東京地裁平成9年3月25日判決)

(事案の概要) 
Yの就業規則には、「定期昇給は、5月、11月の年2回とし、5月は基本給の5%、11月は基本給の10%昇給させる。」、「賞与として年2回、7月に基本給の0.5ヶ月分、12月に基本給の1ヶ月分の臨時給与を支給する。」との規定があった。 しかし、平成6年以降、同規定どおりの賃金及び賞与が支払われていないとして、従業員Xが差額を請求したところ、Yは、同規定どおりの昇給、賞与の支払をしないことについて、全従業員が同意していたとして、Xの請求に応じていない。

(判決の要旨) 
本件給与・退職金規定の施行された当時のYの営業は盛業状況にあって、この規定のとおりの昇給を実施し、賞与を支給することも可能ではあったが、その後のYの業績の悪化、とりわけ、昭和56年11月20日の手形不渡事故発生の危機に直面して以降の業績は悪化の一途を辿るようになり、このようなことから右規定のとおりの昇給の実施及び賞与の支給は困難な状況となり、このような状況は一向に改善されず、現代表者が経営を引き継いだ以降は昇給の実施を全くしないようになったばかりか、賞与についても僅かの支給に止まっていたというのであり、従業員は、このようなYの経営状況を知っていたためと考えられるが、Yの右のような措置に対し何らの要求等をしなかったというのである。 
そうすると、Xをも含めた従業員全員は、Yが右規定のとおりの昇給の実施をしないこと及び賞与の支給をしないことを暗黙のうちに承認していた、すなわち、黙示の承諾をしていたということができる。 
したがって、この点に関するYの主張には理由があることとなるので、Xの請求は理由がない。

【裁判例情報】朝日火災海上保険事件

朝日火災海上保険事件(最高裁平成6年1月31日第二小法廷判決)

(事案の概要) 
Yとその従業員で構成する労働組合は、昭和54年から昭和57年までの「本俸」引上額は退職金算定の基礎には算入しない旨口頭で合意していた。 その後、昭和56年に給与規程が変更され、給与体系から「本俸」が廃止され、賃金を生活保障の部分と職務遂行能力に応じた労働の対価に相当する部分に分け、それらを併せたものを「基本給」としたが、退職金算定の基礎額は「本俸」とされていた。 そして、昭和58年5月9日に、退職金算定の基礎額を退職時の「基本給」額とする一方で、退職金の支給率を減ずることなどを内容とする労働協約を締結するに至り、就業規則も同趣旨の変更をした。 非組合員であるXは、就業規則変更前の昭和58年3月31日に退職する際、退職金として、昭和54年から昭和58年までの引上額を含む「基本給」に同日当時の就業規則で定められた退職金支給率を乗じた額を請求した。

(判決の要旨) 
Yは、原審の口頭弁論において、昭和54年度から昭和57年度までの賃金引上額を退職金算定の基礎には算入しないとの条件の下でYは賃金引上げに応じることを組合と合意したこと、このことはその都度Xを含むすべての従業員に周知徹底していたこと、Xも右各年度の賃金引上げは右の条件の下でされるものであることを知りつつ賃上げ後の賃金を異議をとどめることなく受領していたのみならず、支店長等の立場において、退職する部下に対し、退職金は退職時ではなく昭和53年度の本俸の月額を基礎として算定されるものである旨を説明していたことなどの事実を主張するとともに、右の事実関係の下では、Xの退職金は、昭和53年度の本俸の月額を基礎として算定されるべきである旨を主張している。右のYの主張には、右事実関係の下では、当事者間の雇用契約において、昭和54年度から昭和57年度までの賃金引上額は退職金算定の基礎に算入しない旨の黙示の合意が成立するに至っていたという主張が含まれていると解すべきである。そうすると、Yと組合との間の合意の効力が非組合員であるXには及ばないとする原判決の説示だけでは、原審は、右の主張の当否について何らの判断を示していないものといわざるを得ない。したがって、原判決には、この点に関する判断遺脱の違法があるものというべきであり、右違法が、判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点の指摘を含むと解される論旨は理由があるから、原判決中Y敗訴部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。よって、民訴法407条に従い、原判決中Y敗訴部分を破棄し、右の点について更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

(差戻審判決の要旨) 
遅くともXの退職時までには、XとY会社間の雇用契約において、Xの退職手当は、昭和53年度の本俸を基準額として算定し、同54年度以降の賃上額はこの基準額に加算しない旨の合意が黙示的に成立していたものと推認するのが相当というべきである。 
そこで、右合意が就業規則である本件退職手当規程で定める基準を労働者に不利益に変更するものとして労働基準法93条に違反するかどうかの点について判断することとするが、この点は結局、同規程が退職手当の額の基準と定めている「本俸」の解釈いかんに懸かつているものというべきであるから、以下そのような観点から検討するに、昭和56年4月1日の新給与規程の施行により、Y会社の給与体系から「本俸」なるものが存在しなくなり、Xの退職時点においても同様の状態であつたことは前記のとおりであり、かつ、本件退職手当規程についてそれに対応する改訂が行われていなかつたため、形の上では、退職手当の額の算定基準は存在しながらその適用の対象となるものが存在しない状態にあつたものというよりほかはない。 
もとより、そのために、額の算定不能を理由に退職金請求権そのものが存在しなくなつたものとみることができないことはいうまでもないところであるから、右「本俸」を合理的に解釈して適切な額を算定することとするのが相当であるというべきところ、〈中略〉Y会社における賃金は、旧給与規程においては「本俸」と名付けられていたが、いわゆる総合決定給であるためにその決定基準が不明確であつたこと、そこで、新人事体系においてはこのような性格の「本俸」を廃止し、新給与規程において新たに職能給の制度を導入するとともに、賃金を生活保障の部分と職務遂行能力に応じた労働の対価に相当する部分とに分け、それを併せたものを「基本給」と名付けて賃金の決定基準の明確化を図ることとしたことが認められる。 
そうであるとすれば、旧給与規程の上の「本俸」と新給与規程の上の「基本給」とは、その性質を異にするものといわざるをえないから、たとえ個々の場合においてその額が近似することがあるとしても、その旨の明文の定めがないのに、本件退職手当規程の定める退職手当算定の基準である「本俸」を新給与規程上の「基本給」と読み替えるのは相当でないといわざるをえない。 
Xの退職当時においては、右退職手当規程上の「本俸」は、昭和53年度の本俸を意味するものとして現実に解釈され、かつ、そのように解釈するのを相当とするような客観的状況が存在していたものということができるので、そのような客観的状況を踏まえて考えれば、本件退職手当規程上の「本俸」は右の新給与規程の「基本給」ではなく、旧給与規程に基づく「昭和53年度の本俸」を意味していたと解するのが相当といわざるをえない(上告審の破棄判決の拘束力は、破棄の理由とした判断の範囲に限られるから、右のように判断したからといつて本件上告審判決の拘束力を破ることになるものでないことはいうまでもない)。 
そうすると、前記黙示の合意は、就業規則である本件退職手当規程に定める基準に達しない労働条件を定める合意には当たらず、労働基準法93条によつて無効となるものではないというべきである。 もつとも、本件退職手当規程上の「本俸」を右のように解するならば、右の黙示の合意の成否にかかわらず、Xとしては、昭和53年度の本俸を基準とし算定した退職手当の支給を受けるにとどまるので、結果的には、右黙示の合意の成否及び効力について判断することを要しなかつたことになるけれども、いずれにせよ、Xにおいて新給与規程上の「基本給」を基準として算定した退職手当との差額を請求する権利を有しないことに変わりはないというべきである。

【裁判例情報】フジ興産事件

フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

(事案の概要) 
Xは、A社の設計部門であるエンジニアリングセンターにおいて、設計業務に従事していた。A社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」という。)を作成し、同年10月30日、B労働基準監督署長に届け出た。旧就業規則は、懲戒解雇事由を定め,所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。 A社は、平成6年4月1日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。)を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で、同月8日、B労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は,懲戒解雇事由を定め,所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めている。 A社は、同月15日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、その従業員Xを懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。その理由は、Xが、同5年9月から同6年5月30日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりしたなどというものであった。 その後、Xは、A社の代表者Yらに対し、違法な懲戒解雇の決定に関与したとして、損害賠償を請求した。 Xは、本件懲戒解雇以前に、Aの取締役Yに対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則について質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなかった。

(判決の要旨) 
原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、Xの請求をすべて棄却すべきものとした。
(1)
 A社が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成6年6月2日であり、それまでに新就業規則がY社の労働者らに周知されていたと認めるべき証拠はないから、Xの同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解雇事由が存するか否かについて検討すべきである。
(2)
 前記2(3)〈A社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、旧就業規則を作成し、同年10月30日、B労働基準監督署長に届け出ていたこと〉の事実が認められる以上、Xがセンターに勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。
(3)
 Xには、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。A社は,新就業規則に定める懲戒解雇事由を理由としてXを懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものということができるから、本件懲戒解雇は有効である。 

しかしながら、原審の判断のうち,上記(2)は,是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決〈国労札幌支部事件〉)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。 
原審は、A社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをB労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。 
そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

【裁判例情報】NTT西日本事件

NTT西日本事件(京都地裁平成13年3月30日判決)

(事案の概要) 
Yは、国内電気通信事業を営む株式会社、Xらはその従業員であるが、Yは、平成9年4月に就業規則を変更し、年度末年齢が55歳となる副参事管理職を、特別職群に移行させるという特別職群制度を創設した。Xらは特別職群制度の導入に伴い、特別職の発令を受け、これに伴って賃金が減額された。 なお、Yは、本件就業規則の変更に際して、これを労働基準監督署へ届け出ていなかった。

(判決の要旨) 
労働基準監督署に対する就業規則の届出は、就業規則の内容についての行政的監督を容易にしようとしたものに過ぎないから、届出は就業規則の効力発生要件ではなく、使用者が就業規則を作成し、従業員一般にその存在及び内容を周知させるに足る相当な方法を講じれば、就業規則として関係当事者を一般的に拘束する効力を生じると解すべきである。<中略> 
Yは、本件就業規則の変更による特別職群制度の導入について、説明会や勉強会を開催したり、同制度の概要を記載した書面を配布するなど、副参事を含む管理職に対して周知させるよう努力しているものといえ、本件就業規則の変更について関係当事者に対して周知させるに足りる相当な方法を講じたものといえる。 
よって、本件就業規則の変更につき、手続違反を理由とする無効事由があるとはいえない。

【裁判例情報】日本ニューホランド事件

日本ニューホランド事件(札幌地裁平成13年8月23日判決)

(事案の概要) 
Yは、主に農業用トラクターの販売及び修理を目的とする株式会社であり、XはYの従業員であって、平成11年4月2日に55歳に達した者である。 YとA労働組合は、昭和63年2月26日開催の経営協議会で、定年を55歳から60歳に延長するとともに、55歳以降はそれまでと異なる賃金体系に移行し賃金が減額される旨の決定を行った。Yは、本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月から、Xの賃金を減額した。

(判決の要旨) 
<本件決定を、実質的な就業規則としての効力を認め得るかについて、>Yにおいては、就業規則とこれに基づく諸規程を1冊の冊子にまとめ、これを従業員に配布して、その周知を図っているところ、昭和63年2月26日開催の経営協議会の決定を受けてYが作成した同年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則には、上記決定のうち定年延長に関する決定に沿った記載がされたが、55歳以降の賃金に関する本件決定に沿った記載は全くなく、平成8年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則も、同様である。その結果、冊子に掲載された就業規則を見る限りにおいては、平成4年4月2日以降、定年は60歳となり、同定年に至るまで従業員は一律に、前記<就業規則所定の>賃金体系による賃金の支給を受けるものと解さざるを得ないようになった。 
Yは、本件決定の内容がY代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書により、全従業員に周知徹底されている以上、本件決定は、実質的な就業規則として扱われるべきである旨主張するので、この点について検討する。 
まず、Y代表者名義の文書とは、<経営協議会の決定内容を管理職に知らせるとともに、管理職を通じてこれを従業員に周知させることを目的とするものであること、就業規則は別途冊子で周知が図られていたこと、組合の執行委員長が組合員に宛てた文書であることから、>仮にこの文書により上記経営協議会の決定内容が上記管理職及び従業員に周知されたとしても、上記管理職及び従業員において、その決定内容が実質的に就業規則として扱われると理解するものと期待することは到底できず、そもそも、作成者のY代表者においても、そのような意図を有していなかったと認めるのが相当である。したがって、この文書により本件決定の内容が従業員に周知されたとしても、そのことから直ちに、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできない。 
<A組合執行委員長名義の文書についても、決定内容の組合員への周知を目的とするものであること、就業規則は前記のとおり別途冊子で周知が図られていたこと、組合の執行委員長が組合員に宛てた文書であること等から、当該文書が組合員である従業員に配布されたとしても、そのことから直ちに、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできないとした。> 
労働基準法106条1項は、就業規則について、「常時各作業場の見やすい場所に掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の命令で定める方法によって」労働者に周知させることを求めているところ、少なくとも同条項の定める上記方法と同視し得るような周知方法が採られない限り、就業規則としての効力は認められないものと解するのが相当である。しかるに、Y代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書はいずれも、昭和63年3月3日の日付であって、これらの文書がその日付のころにその名宛人に対して配布されたものと推認することはできるにしても、それ以外の時期において、これらの文書が配布されたり、また、その他の方法によって本件決定の内容が従業員に周知されたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、昭和63年3月ころに在籍していた従業員はともかく、その後に入社した従業員については、本件決定の内容を知る由がなく、55歳以降の労働条件に関し、冊子として配布された就業規則によって判断することになってしまう。したがって、昭和63年3月ころに、Y代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書によって、本件決定の内容が当時の従業員の知るところとなったとしても、それだけでは、労働基準法106条1項の定める方法と同視し得るような周知方法が採られたということはできないから、この点においても、本件決定に、就業規則と同様の効力を認めることはできないといわねばならない。 
Xは、本件決定当時、本件決定の内容を知っていたものと推認することができるにもかかわらず、XがYに対し、本件決定の内容について異議を述べた形跡は窺えない。 
しかし、だからといって、Xが本件決定の内容について黙示の同意を与えたと解することは相当ではない。本件決定の内容を知らせるY代表者名義の上記文書に、異議のある者は名乗り出るよう促すような記載があれば格別、上記文書にはそのような記載は何もないのであるから、上記文書により本件決定の内容を知ったからといって、直ちにYに対して異議を述べなかったからといって、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできず、本件決定が55歳以降の労働条件を定めるものである以上、これに対する異議は、55歳になって本件決定の適用を受けるまでに述べればよいと解するのが相当である。しかるところ、Xは、55歳になる前である平成11年3月2日、B総務担当部長に対し、本件決定に基づく賃金の減額は納得できない旨述べ、これに異議を述べたのであるから、Xは、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできない。 
以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、Yは、経営協議会の本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月からのXの賃金を減額することができないというべきである。

【裁判例情報】須賀工業事件

須賀工業事件(東京地裁平成12年2月14日判決)

(事案の概要) 
Yは、空気調和、給排水衛生設備の設計施工などを業とする株式会社であり、XらはYの従業員であって、平成10年6月30日から同年8月31日までの間にYを退職した者である。YにはA労働組合があり、XらはいずれもA組合の組合員であった。 
平成7年に改正されたY会社の賃金規則22条には、賞与は「支給時点の在籍者に対し支給する」との定めがあるが、当該賃金規則は周知されていなかった。一方、前年度下期賞与は従業員賞与支給内規により原則として毎年6月10日に支給されるものとされていた。当該内規も周知されていなかったが、例年、下期賞与は同日に支給されてきたものである。 
YとA組合は、平成9年度下期賞与の金額について、平成10年9月21日に妥結し、その支給日を平成10年9月30日とすることに合意した。Yは同日従業員に対し賞与を支払ったが、Xらに対しては本件賞与の支給日に在籍しておらず、賃金規則22条に、支給日在籍要件があるという理由で、本件賞与を支払わなかった。 そこで、Xらは、当該賃金規則は周知されておらず、賃金規則に定める支給日在籍要件は無効であるとして争った。

(判決の要旨) 
本件就業規則が37条において「従業員の賃金は別に定める従業員賃金規則によりこれを支給する。」と定めていることからすれば、Yの従業員の賃金について定めた本件賃金規則は本件就業規則と一体のものというべきである<中略>。 
Yは平成7年6月1日から実施された本件就業規則及び本件賃金規則の改定に当たって労働基準法90条に基づいて労働者の過半数で組織する労働組合としてA組合に対し意見を聴き、A組合の委員長の意見書を添付して所管行政庁に届け出ているのであるから、仮にYにおいて労働基準法106条1項所定のじ後の周知方法を欠いていたとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則自体の効力を否定する理由にはならないものと解するのが相当である(最高裁昭和27年10月22日大法廷判決)。 
そうすると、Yにおいては、本件就業規則及び本件賃金規則の改定後にYに入社した従業員に対し本件賃金規則を配布せず、本件就業規則及び本件賃金規則を改定する前からYに在籍していた従業員に対しては本件就業規則も本件賃金規則も配布せず、Yの事務部長が本件就業規則及び本件賃金規則を保管していたというのであるが、仮にこれでは本件就業規則及び本件賃金規則について労働基準法106条1項所定のじ後の周知方法を欠いているとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則が無効であるということはできない。 

<なお、本件賃金規則22条にいう「支給時点の在籍者」とは、現実に賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや資金繰りなどの諸般の事情により下期賞与の支給が予定されている毎年6月10日より後にずれ込んだ場合にはそのずれ込んだ日にYに在籍する従業員を意味するものと解することはできず、「下期賞与が支給される者」とは、下期賞与の支給が予定されている毎年6月10日にYに在籍している従業員であるとして、Xらの請求は認容されている。>

【裁判例情報】日本コンベンションサービス事件

日本コンベンションサービス事件(大阪高裁平成10年5月29日判決)

(事案の概要) 
Yは、国際会議等の企画運営を主たる業務とする会社であり、Xらはその従業員であったが、XらはYを退職して同種の事業を営む新会社を設立したため、YはXらを懲戒解雇し、就業規則に新設規定を設けて退職金を支給しなかった。

(判決の要旨) 
Yの退職給与規程(以下「新規程」という)には、「懲戒解雇により退職となる場合には、退職一時金の全部または一部を支給しないことがある」との定めがある。<中略>。 
本件新規程は就業規則35条の委任を受けたものであって、それ自体就業規則の一部であるから、就業規則としての退職給与規定の変更の有効性が問題となる。労働基準法89条は、就業規則の作成及び変更について行政官庁への届出義務を、同法90条は、労働組合または労働者代表者の意見聴取義務を、同法106条1項は、就業規則の掲示または備え付けによる周知義務を定めている。もっとも、これらの規定はいわゆる取締規定であって、効力規定ではない。それゆえ、使用者がこれらの規定を遵守しなかったからといって、これにより直ちに就業規則の作成または変更が無効となるものではない。 
しかし、およそ就業規則は、使用者が定める企業内の規範であるから、使用者が就業規則の新設または改定の条項を定めたとしても、そのことから直ちに効力が生じるわけではない。これが効力を生じるためには、法令の公布に準ずる手続、それが新しい企業内規範であることを広く従業員一般に知らせる手続、すなわち何らかの方法による周知が必要である(なお、就業規則の効力発生要件としての右周知は、必ずしも労働基準法106条1項の周知と同一の方法による必要はなく、適宜の方法で従業員一般に知らされれば足りる。) 従前、Yには就業規則の委任を受けた退職給与規程が存在した。<中略>しかし、同規程には、従業員が懲戒解雇された場合に退職金を支給しない旨を定めた除外規定は存在しなかった。 
Yは、平成2年7月18日、退職給与規程を改定した旨の同年7月3日付の就業規則変更届を所轄のA労働基準監督署長に提出した。右変更届には、平成2年7月3日付で事業場の労働者代表者であるBの意見を聞いたことを証する意見書(意見は「特になし」と記載)が添付された。しかし、Bは、労働者の過半数を代表するものではなかった。<中略> Xらの退職指定日は、平成2年7月15日であり、YがXらを懲戒解雇した日は、同年7月13日である。右退職日または懲戒解雇日までに、Yが新規程を従業員一般に周知した事実を認めるに足る的確な証拠がない。 以上によれば、Yが、Xらの退職の日までに、新規定を一般的に従業員に周知した事実を認めることができない。そして、新規程は、前示のように従業員側にその意見を求めるため提示されかつその正当な代表者による意見書が付された上で届けられたものともいえない。このような場合には、就業規則変更の効力は、前示のように、原則として従業員一般に対する周知の手続をとらないままでその効力が生ずるものではないと解すべきである。Xらは、退職前に退職給与規程を取り寄せてはいるが、単に同人らが退職前に新規程の存在と内容を知ったとしても、これをもって新規程の効力が同人らに及ぶものではない。

【裁判例情報】朝日新聞社小倉支店事件

朝日新聞社小倉支店事件(最高裁昭和27年10月22日大法廷判決)

(事実の概要) 
組合員Xは、Y新聞社の従業員であるが、ストライキの際、Yの非組合員による業務の遂行を暴行脅迫によって妨害する違法な争議行為を行った。Yは、これを理由に就業規則に基づきXを解雇したが、当該就業規則は、労働基準法第106条所定の周知方法を講じていなかった。

(判決の要旨) 
仮にY会社側において所論の如く労基法106条1項所定の周知の方法を欠いていたとしても、前段に説明の如く当該就業規則は既に従業員側にその意見を求めるため提示され且つその意見書が附されて届出られたものであるから、Y会社側においてたとえ右労基法106条1項所定の爾後の周知方法を欠いていたとしても、これがため同法120条1号所定の罰則の適用問題を生ずるは格別、そのため就業規則自体の効力を否定するの理由とはならないものと解するを相当とする。 
けだし就業規則は使用者がその労働者の労働関係を規律する目的の下に制定するものであって、その内容が法令又は労働協約に違反するところがない限り、労働者側の承認を要せず使用者側の一方において作成決定し得るものであり、ただ労働者側の意見を聴き、且つその意見書を添付して所管行政官庁に届出することを要するものであるが、本件就業規則は以上要件を履践されたものであることは前段説明のとおりであるからである。されば該就業規則を適用して解雇したY会社の本件解雇を適法と判断した原判決は結局正当である。

【裁判例情報】アーク証券事件

アーク証券事件(東京地裁平成12年1月31日判決)

(事案の概要) 
Xらは、証券会社であるYに雇用され、営業社員として勤務している者であるが、Yは、平成6年11月1日に就業規則(給与規定)を改定して、従来の職能資格制度、職能給制度に代えて、変動賃金制(能力評価制)を導入した。

(判決の要旨) 
Yの従業員は、従前の職能資格制度、職能給制度の元での安定した賃金収入を得られる保証を失い、不安定な状態に置かれることとなった。<Xらの賃金が大幅に減額されていること、役職員が大幅に減少しており退職を余儀なくされている者が相当数生じた事実が推認できること等を認定した上で、>本件変動賃金制(能力評価制)の導入により、Yの従業員は、賃金減額の可能性が生じたというにとどまらず、多くの従業員が実際に不利益を受けることとなったものということができ、その不利益の程度も大きいものといわざるを得ない。 
就業規則の不利益変更については、<中略>最高裁判所平成9年2月28日第二小法廷判決(第四銀行事件)の判示しているところに従い、変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断すべきである。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。 
<変更の必要性について、>受入手数料、殊に株式売買委託手数料が激減したことにより営業収益及び経常利益が悪化したため、Yが従業員給与を削減する必要があったことは、これを肯定することができる。 
<変更の合理性について、>本件変動賃金制(能力評価制)は、これを一般的な制度として見る限り、不合理な制度であるとはいえないが、従前採られていた一般的な意味での職能資格制度、職能給制度と比べると余りに大きな制度の変革であり、Yの従業員は、前記のとおり、職能資格制度、職能給制度の下での安定した賃金収入を得られる保障を失い、不安定な状態に置かれ、大きな不利益を受けている。Yの従業員は、本件変動賃金制(能力評価制)の下で、営業実績を挙げれば従前の職能資格制度、職能給制度の下よりも早期に昇格する可能性が生じたといえないことはないが、従前の職能資格制度、職能給制度と比べて昇格の度合いが速まったことを認めるに足りる証拠はないから、この抽象的な可能性をもって不利益性が一部減殺されるものということはできない。そうすると、Yに業績の悪化に伴い人件費を削減する経営上の必要性があり、かつ、本件変動賃金制(能力評価制)が一般論として合理性を有する制度であるというだけで直ちに変更の合理性を肯定することはできない。<中略> 本件変動賃金制(能力評価制)は、Yに業績の悪化に伴いこの制度を導入する経営上の必要性があったことは肯定できるし、本件変動賃金制(能力評価制)が一般論として合理性を有する制度であることは否定できないが、代償措置その他関連する労働条件の改善がされておらず、あるいは既存の労働者のために適切な経過措置が採られているともいえず、あるいは不利益を緩和する措置が何ら執られていないとしても、現に雇用されている従業員が以後の安定した雇用の確保のためにはそのような不利益を受けてもやむを得ない変更であると納得できるものである等、Yの業績悪化の中で労使間の利益調整がされた結果としての合理的な内容と認めることもできない。 
労働者にここまで大きな犠牲を一方的に強いるものであるとすれば、変更の必要性としては、Yの業績が著しく悪化し、本件変動賃金制(能力評価制)を導入しなければ企業存亡の危機にある等の高度の必要性が存することを要するが、本件変動賃金制(能力評価制)導入当時そのような高度の必要性が存したことを認めるに足りる証拠はないから、変更の合理性を肯定することはできない。

【裁判例情報】朝日火災海上保険事件

朝日火災海上保険事件(最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)

(事案の概要) 
Xは、Y保険会社がA保険会社鉄道保険部で取り扱ってきた保険業務を引き継ぐことになったことに伴い、Y保険会社に勤務することとなった者であるが、Yの定める就業規則及びYとB労働組合との間で締結されていた労働協約によれば、A保険会社出身であるXらの定年は、満63歳とされていた。 
昭和58年、YとB組合は定年年齢(57歳)の統一、退職金支給率の変更等について合意し、同年7月11日、合意内容を書面化した同年5月9日付けの労働協約に署名押印した。労働協約の締結に伴い、Yは、同年7月11日、就業規則の定年に関する部分及び退職手当規定を労働協約と同一内容のものに改定するとともに、これを従業員に周知させた。Xは、同年7月11日に既に57歳に達していた。

(判決の要旨) 
本件労働協約は、Xが勤務していたYの北九州支店において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、原則としては、Xに適用されてしかるべきものと解される。 
しかしながら他面、本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していたXのような労働者にその効力を及ぼしたならば、Xは、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとしてYを退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。 
また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約をXに適用してその退職金の額を昭和53度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を乗じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、Xが具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、Xは、Yと組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。 以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った経緯を考慮しても、右のような立場にあるXの退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益をXに甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力はXに及ぶものではないと解するのが相当である。 
労働者の労働条件を不利益に変更する就業規則が定められた場合においては、その変更の必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するときに限り、就業規則の変更の効力を認めることができるものと解するのが相当であることは、当審の判例の趣旨とするところである。 
これを本件についてみると、前記事実関係の下においては、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、Yが変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性を肯定することができるが、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとしてYを退職することになるXの退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する点では、その内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。そのことは、右に説示したところに照らして明らかである。したがって、Xに対して支払われるべき退職金の額を右金額を下回る額にまで減額する限度では、変更後の退職手当規程の効力を認めることができない。

【裁判例情報】御國ハイヤー事件

御國ハイヤー事件(最高裁昭和58年7月15日第二小法廷判決)

(事案の概要) 
タクシー会社であるYの退職金支給規定は、退職金は退職時の基本給月額に勤続年数を乗じて得た金額とする旨定めていたところ、Yは、昭和53年7月31日限りでこの退職金規定を廃止し、同日までの就労期間に対応する退職金は支払うが、同年8月1日以降の就労期間は退職金算定の際の勤続年数に参入しないことに変更して、昭和38年にYに入社し昭和54年10月に退社したXに対し、昭和53年7月31日までの就労期間に対応する退職金のみを支払った。

(判決の要旨) 
原審は、本件退職金支給規定は就業規則としての性格を有しており、右の変更は従業員に対し同年8月1日以降の就労期間が退職金算定の基礎となる勤続年数に算入されなくなるという不利益を一方的に課するものであるにもかかわらず、Yはその代償となる労働条件を何ら提供しておらず、また、右不利益を是認させるような特別の事情も認められないので、右の変更は合理的なものということができないから、Xに対し効力を生じない、と判断した。以上の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

【裁判例情報】県南交通事件

県南交通事件(東京高裁平成15年2月6日判決)

(事案の概要) 
Xらは、タクシー会社であるYの従業員であるが、Yは、従来の年功給に代えて各人の稼高に応じて算出される奨励給を新設するとともに、賃金を基本給と奨励給からなる月例給に一本化して賞与を廃止することとして、これをXらの属するA労働組合に提案した。しかし、A組合は実質的な協議をすることを拒否したため、Yは、就業規則を変更して賃金制度を改正し、これを従業員に周知徹底した上、平成6年4月15日からこれを実施した。

(判決の要旨) 
本件就業規則の変更は、同業他社との競争上、Yが不利な立場に立たないよう、同業他社の賃金制度に近づけようとしたものである。すなわち、Yが新規の従業員を円滑に募集したり、在職する従業員の雇用を継続していく上での障害を取り除くという観点からのものであった。本件就業規則の変更は、Yの経営体質強化に資するものであったということができるのであって、Yの運営上、高度の必要性があったものと認められる。 
そして、賃金制度の変更に伴って、これに見合う代償措置がとられたため、変更後の労働条件は必ずしも従業員の側に不利益ばかりをもたらすものではなかった。そして、新たな労働条件は、労働生産性に比例した公平で合理的な賃金を実現するという利点を生じさせており、新規の従業員の採用が円滑化し、また、在職する従業員の働く意欲にもよい影響を与えるようになったことが伺われる。本件就業規則の変更は、合理性と相当性を兼ね備えているものということができる。 
また、Xらの属するA組合との交渉の経緯や、他の従業員が賛成しあるいは同意している状況からすると、本件就業規則の変更について適正な手順が履践されたということができる。 
そして、平成6年当時の社会一般の状況からしても、労働者があげた業績、すなわち労働生産性と賃金とが見合うものであることが強く求められるようになっていたのである。 
以上の諸点を考慮すると、本件就業規則の変更は、最高裁判所昭和43年12月25日判決及び最高裁判所昭和63年2月16日判決によって形成された合理性の要件を充足するものということができるのであって、本件就業規則の変更は、不利益を受ける労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものということができる。したがって、本件就業規則の変更は有効なものである。 Xらは、勤続年数が短く、年功給が少ないころ、薄給に甘んじ、年数が増加して相当な額の年功給を得られるようになるまで我慢していたもので、年功給を廃止するのは、過去の不利益を無視するものである旨主張する。しかし、Xらの勤続年数が短かった当時は、高額の年功給を受ける従業員は存在しないか、ごく例外的な存在であったと認められるのであって、勤続年数が短いことによる不利益を我慢していたというのは実情に合わない主張というべきである。そうすると、年功給の廃止が、過去の不利益を無視するものであるなどということはできない。 
そして、年功給の廃止は、年功給の制度による公平を欠いた賃金の配分を是正するものと認められるのである。そうだとすると、年功給によってXらが得る権利は、他の従業員の犠牲の上に成り立った利益であるとの批判を免れないのであり、これを永続的に得ることができなくなったからといって、その不利益を過大視するべきではない。 他方、本件就業規則の変更は、従業員の定着と、新規従業員の円滑な獲得の観点から、会社運営上の高度の必要性があるものと認められる。そして、本件就業規則の変更の必要性は、上記のような観点によるのであるから、仮に、平成6年当時、Yが現在よりも利益が出ていたという状況にあったとしても、これによって、上記の就業規則の変更の必要性が左右されるものではないというべきである。 そうすると、Xらに生じる不利益を考慮しても、本件就業規則の変更には、労使関係における就業規則の法規範性を是認できるだけの合理性を肯定することができる。

【裁判例情報】函館信用金庫事件

函館信用金庫事件(最高裁平成12年9月22日第三法廷判決)

(事案の概要) 
Y信用金庫には、多数組合の従組Aと少数組合の労組Bがあり、Xらは従組Aの組合員であった。当時の政府は、週休2日制を実現しようとし、昭和62年に労働基準法が改正し、週40時間労働制に向けての段階的な労働時間の短縮を進めることとし、信用金庫については、昭和63年に政令により、土曜日が休日とされた。 Yは、土曜日を休日とし、平日の所定労働時間を25分延長することを内容とする就業規則の変更について、従組Aを団体交渉したが、同意を得られず、同意のないまま就業規則を変更した。なお、本件就業規則の変更により、年間所定労働時間は7時間5分短縮されている。

(判決の要旨)

 本件就業規則変更により、Xらにとっては、平日の所定労働時間が25分間延長されることとなったのであるから、本件就業規則変更がXらの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、いうまでもないところである。

 そこで、まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、25分間の労働時間の延長は、それだけをみれば、不利益は小さなものとはいえない。しかしながら、本件就業規則変更前のXらの所定労働時間は、第3土曜日を休日扱いとしていた実際の運用を前提に計算しても、第1、第4及び第5週が40時間、第2及び第3週が35時間50分であって、これが、変更後は、一律に週37時間55分になるのである。そうすると、年間を通してみれば、変更の前後で、所定労働時間には大きな差がないということができる。 さらに、本件では、完全週休2日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的改善点であり、労働から完全に解放される休日の日数が増加することは、労働者にとって大きな利益である。〈中略〉したがって、全体的にみれば、Xらが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、必ずしも大きいものではないというのが相当である。

 次に、変更の必要性について検討すると、本件では、金融機関における先行的な週休2日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、Yにとって、完全週休2日制の実施は、早晩避けて通ることができないものであったというべきである。そして、週休2日制の実施に当たり、平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、土曜日の労働時間の分を他の日の労働時間の延長によって賄うとの措置を採ることは通常考えられるところであり、特に、既に年間所定労働時間が同業者の平均よりも短くなっていたYのような企業にとっては、その必要性が大きいものと考えられる。加えて、Yは、本件就業規則変更の当時、相対的な経営効率が著しく劣位にあり、人件費の抑制に努めていたというのであるから、他の金融機関と競争していくためにも、変更の必要性が高いということができる。

 さらに、新就業規則の内容をみると、変更後の1日7時間35分、週37時間55分という所定労働時間は、当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、他と比較して格別見劣りするものではない。そうすると、平日の労働時間の延長をせずに完全週休2日制だけを実施した場合には所定労働時間が週35時間50分になることやYの経営状況等も勘案すると、本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができる。

 以上によれば、本件就業規則変更によりXらに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、Yとしては、完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることやYと従組との協議が十分なものであったとはいい難いこと等を勘案してもなお、本件就業規則変更は、右不利益をXらに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。 したがって、本件就業規則変更は、Xらに対しても効力を生ずるものというべきである。

【裁判例情報】羽後銀行(北都銀行)事件

羽後銀行(北都銀行)事件(最高裁平成12年9月12日第三小法廷判決)

(事案の概要) 
XらはY銀行の少数労働組合A(以下、従組Aとする。)の組合員である。Y銀行は、昭和63年の銀行法施行令の改正により、すべての土曜日が銀行の休日とされたことに伴い、(1)全土曜日を休日とする、(2)平日の所定労働時間は、毎週最初の営業日及び毎月25日から月末までの営業日(以下、特定日とする。)は8時間とし、その他の平日は7時間10分とする、(3)年末年始の営業日に限り労働時間の延長をしない旨の提案をし、多数労働組合Bの同意を得て、就業規則を変更した。しかし、従組Aとは何回か団体交渉を重ねたものの妥結に至らなかった。

(判決の要旨)

 本件就業規則変更により、Xらにとっては、特定日以外の平日の所定労働時間が10分間、特定日の所定労働時間が60分間延長されることとなったのであるから、本件就業規則変更が、Xらの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることはいうまでもないところである。そこで以下、本件就業規則が合理的なものであるかを判断することとする。

 まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、特定日における60分間の労働時間の延長は、それだけをみればかなり大きな不利益と評し得るが、特定日以外の営業日における延長時間は10分間にすぎないものである。 〈本件就業規則の変更により、Xらの所定労働時間は、月末の週以外では労働時間が39時間10分から36時間40分に短縮されること、年間では42時間10分短縮されることを認めた上で、〉そうだとすれば、週単位でみると、所定労働時間が減少している週の方が多く、年単位でみても、所定労働時間が相当に減少しており、むしろ、時間当たりの基本賃金額は、本件就業規則変更によりそれだけ増加したということができる。 他方、本件では、完全週休2日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的な改善点であり、労働から完全に解放される休日の日数が連続した休日の増加という形態で増えることは、労働者にとって大きな利益であるということができる。 右のとおり、年間の所定労働時間が減少して時間当たりの基本賃金額が増加し、しかも、連続した休日の日数が増加することからすれば、平日の労働時間の延長による不利益及びこれに伴いある程度は生ずるであろうことが予想される時間外勤務手当の減収を考慮しても、Xらが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、全体的にみれば必ずしも大きいものではないというのが相当である。

 次に、変更の必要性について検討すると、本件では、金融機関における先行的な週休2日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、Y銀行にとって、完全週休2日制の実施は、早晩避けて通ることができないものであったというべきである。そして、週休2日制は、労働時間を大幅に短縮するものであるから、平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、右短縮分の一部を他の日の労働時間の延長によって埋め合わせ、土曜日を休日とすることによる影響を軽減するとの措置を執ることは通常考えられるところであり、特に既に労働時間が相対的に短いY銀行のような企業にとっては、その必要性が大きいものと考えられる。加えて、完全週休2日制の実施の際、ごく一部の銀行を除き、平日の所定労働時間の延長措置が執られているというのであるから、他の金融機関と同じ程度の競争力を維持するためにも、就業規則変更の必要性があるということができる。

 さらに、第3次改正就業規則〈(本件変更後の就業規則)〉の内容と他行における従業員の労働時間の一般的状況等をみると、本件就業規則変更後の週36時間40分又は週40時間という所定労働時間は、当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、他行と比較しても格別見劣りするものではない。そうすると、終業時刻の延長をせずに完全週休2日制だけを実施した場合には、所定労働時間が週35時間にまで大幅に短縮されることも勘案すると、本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができる。

 以上によれば、本件就業規則変更によりXらに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、Y銀行としては、完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組Aがこれに強く反対していることやY銀行における従組Aの立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益をXらに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。 したがって、本件就業規則変更は、Xらに対しても効力を生ずるものというべきである。

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